読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

みそ汁しる

ジャニーズにはまったのではてなブログをはじめました

かみしげについて

わからないならわからないでいい、見えないなら見えないでいいと思うんですよ。重岡が「そういうもの」にしたのだとわたしは思うので。

ただ、重岡がオーディション会場で、お手本を踊る神ちゃんを見たその日からはじまったそれは、デビュー後のドーム公演辺りを前後して、おそらく一つの決着を迎えたのではないかなあと、わたしは感じているので、それについて、少しつらつらと書いてゆきたいなと思います。

わたし個人として、一つの区切りがついたなと感じたのは、デビュー3周年カウントダウン企画のテレビ誌の連載にて、トップバッターに「かみしげ」の二人が選ばれたことでした。これは、自分にとっては大きいことで、公式から二人がシンメ扱いを受け出てきたことも、まずトップバッターがこの二人であったことも、非常に感慨深いものがありました。

何より大きかったのは、その記事の中でちゃんと二人が、"シンメだった"ことを過去として語れているなと感じられた点でした。これは、それより少し前のアイドル誌のインタビューでも感じていたことなのですが、重岡が神ちゃんに対して「昔っからシンメやっただけはあるわ」と、発言していたんですよ。

重岡という男は、案外"言葉"と親和性が高い男だと思っていて、それを言うにしても言わないにしても、はたまた煙に巻くとしてもあえて泥を被せるような表現をするとしても、それに本人が納得しきっており、責任を持てると感じられているようなところがないと、神経質で、なかなか使えない繊細さがある人なんじゃないかと思うんですね。

そういう人が、言ったんですよ。神ちゃんのことを「シンメだった」と。

今までそれを言えなかった人が、言えなかったからこそ大変だった人が、それを言ったわけです。

わたしは、「よくがんばったなあ」と思いました。

 

 

 

かみしげというのは、おそらく重岡の「自覚性」と神ちゃんの「無自覚性」で成り立っているようなものです。神ちゃんが、突出した前に向かおうとするマインドをもつかわりに、その視野以外はまるで無防備で無自覚なその危うさを補うように、重岡は、あらゆる角度に対して非常に自覚的にアイドルを行なっているなと感じるし、とても武装的な人だと思います。

重岡は、後にも先にも「神ちゃんの手を離さなかった人」なんですよ。わたしの中では、そういう興味の持ち方からはじまっており、関西のセンターであったことも、ジャニーズWESTのセンターであることも、個人的には二の次三の次の話で、わたしにとってはどうしたって「神ちゃんの手を離さなかった人」なので、だから、そういう風に、このお話は進んでゆきます。

重岡は、デビューするときに「神ちゃんの手を離さなかった人」で、初のユニット曲が貰えるという機会に「Lovely Xmasを意地でも実現しようとした人」で、3年足らずの時が経て、やっと「神ちゃんに"シンメやっただけはあるわ"と言えた人」なので、つまり、わたしは彼をずっと「神ちゃんとシンメになりたかった人」なのだと思ってきました。

デビューしてもなお。「シンメだった」ではなく。「シンメ」でもなく。

もちろん、それが最終目的なわけではなく、ああいう形でデビューしたのだから、真面目で責任感の強い彼は、センターとして、グループを良い形で導いてゆきたいと思っていたのだろうし、そこに、自分の私情は持ち込みたくはないと考えていたのだろうし、それでも、やっぱり、どうしても、一度はしっかり神ちゃんとシンメになって、その隣に恥じない自分になれたと納得できた上で、やっと「シンメ"だった"」と言い、それを、解消したかったのではないかなあと。

そうして改めて、何でもないメンバーの顔をして、神ちゃんと共に、他のメンバーと共に、ジャニーズWESTのセンターに立ちたかったんじゃないかと、わたしは考えていたのです。

目指すグループの形になるためにも。思い描くセンターになるためにも。ちゃんと、神ちゃんとシンメになりたかったし、その上で「シンメだった」と言える自分になりたかったのではないか、と。

 

 

 

そういう意味で、「Lovely Xmas」という曲は、他人にはまるで推し量れないような文脈をもつ、とても象徴的な曲であるような気がしているし、重岡はおそらくそうやって、ずっと、人知れず戦ってきた人なのだろうとも思います。

彼がデビュー後、神ちゃんや、それまでの環境の影響下から出て、一から自らのオリジナルであるセンター像を築きあげてゆきながら(錦戸先輩の言葉の影響もあろうが)、それと同時に「Lovely Xmas」という曲を自分が積極的に動いて実現させ、またさらには、舞台を通していきいきと自信をつけてゆく神ちゃんを見つめつつ、グループのドーム公演に前後して、やっと、そんな神ちゃんに対して、「シンメだった」と口にするようになったこと。

それまでを、過去にできたこと。

そうして「Lovely Xmas」も「Dial Up」も、ドームに立つ、ジャニーズWESTのセンターの顔をして歌ってみせたこと。

その整理の付け方というのは、彼の戦いの歴史であろうし、何より、彼なりの前への進み方ではなかったろうかと、わたしは思うのです。

 

 

 

個人的には、神ちゃんの舞台が千穐楽を迎えた、その後のタイミングで催された二人の食事会にて、きっと、転機は起こり得たのではないかなあと予想しているのですが(重岡が、唯一ぶ誌にて神ちゃんの名前を出してわざわざ報告してきたあれです)、重岡はその二人のご飯会をして「幸せやった」と言っているわけで、だからもう、つまりは、結局、それが、すべてなんじゃないかとも思うんですよ。

結局は、ただのメンバーとしていられることが、二人のこれ以上ない形であろうと思うのだけど、そこに至るまでには、そこに至るためには、重岡の中には、どうしても譲れない手順があったのではないかとわたしは思っていて、わたしは彼のそういう、自分の内で意固地に戦う姿に魅せられてきたのだし、彼はどうしたって、わたしの中では、やっぱり後にも先にも「神ちゃんの手を離さなかった人」です。

と、過去を物語るのを拒むアイドルにかわって、「こういうことがあったのではないか」ということを、ただの一かみしげ担が、つらつらと語ってみました。

ほぼ思い込みと推測で成り立っているようなものですが、世界に一つはこんなテキストがあってもいいんじゃないかと、ひどく無責任に、締めさせていただきたいと思います。