読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

みそ汁しる

ジャニーズにはまったのではてなブログをはじめました

神ちゃんの翼とはまちゃんだけの道

今日は、わたしが個人的に感じている、神ちゃんとはまちゃんの違いについて、お話したいと思います。

この二人は、こなせるジャンルが似通っているし、そこに対して互いに意識もしているようなのに、表現方法が真逆なくらいに異なっているので、面白いな、と感じたんです。

まずわたしは、どうして、はまちゃんの歌声にはこんなに奥行きや生々しさがあるんだろう?と考えました。「雪に願いを」が決定的でした。

反して神ちゃんの歌声には、そんな生々しさがあまり感じられません。ときに、アニメのキャラクターのようなんです。神ちゃんの声。

声優さんの声みたい、じゃなくて、異次元のアニメキャラクターみたいに、クリアな声を出す。なのに感情表現はきっちりしている。はまちゃんも好きだと言っていた、「Eternal」の、”あいつらがやってくる♪”パートなんかが顕著かな。それに、楽曲のコンセプトによって細かく器用に声音を使い分けたりなどもしていて、まるで曲によって、違う人格があるようにも感じられます。

歌声に関してもそうだし、演じ方についてもそうで、果てにはダンスについても感じるんです。二人ともうまいけれど、アプローチの仕方がまったく違う!!!面白い!!!しかし何故だ!!!

わたしが神ちゃんを好きな理由の一つに、「憑依芸がめちゃくちゃうまいから」というのがあります。これは、モノマネがうまいから、というのとはまた違って(モノマネがうまい器用さも好きなんですけど)、自分からかけ離れた人物にでも瞬時に移動できるその"飛躍力"(と思いきりの良さ)が好き、というものです。

智子とかもう最高なんですけど(神山担で智子を嫌いな人はいないだろう)、神ちゃんのその瞬発力、飛躍力、想像力、発想力、が、もうぜんぶ好きなんですね。自分とまるっきり違う人物にも、想像の及ぶ範囲内でなら軽やかに素早く飛んでいってしまい、そして自分の全人格を傾けて、その人物になりきってみせる、という。

(わたしは基本的に、神ちゃんって「献身性」の人だと思っていて、我が強いわりに身を捧げる表現が得意だ、という、アンバランスな個性をもつアイドルだと感じています。そしてその危うさが色っぽく、魅力的だとも。臆病がゆえにとても受け身で、相手からのアクションがない限りなかなか自分からは動けないんだけど、ひとたび相手に求められたとなれば、それに全身全霊で応えようとするような人ではないかと思う)

神ちゃんってきっとフィーリングの人で、感覚でやろうとするし、ある程度は出来てしまう、まさに"身体言語"の人なんじゃないかなあ、と感じています。筋金入りのダンス畑育ちであり「まず、やってから考える」「やりながら考える」「やっているうちに理解する」という、"身体性"の申し子のような。(なので、言葉はあまり得意ではない)

WESTの中で、神ちゃん・流星・淳太が、比較的「かっこいい」と思うものが似通った位置にあるメンバーなのかなあ、と感じるんですけど、この中で、流星はまずもって外見に恵まれており、神ちゃんは身体感覚に恵まれているので、神ちゃんがその身体性でもってポーンと「かっこいい」と思われる地点の表現まで辿り着いてしまうと、不器用かつ運動音痴でそのショートカットが理解できない淳太は、「神ちゃんかっこいいー!!ええなー!!」となるのではないでしょうか。

ただ、そんな淳太がだから、粘り強い研究と努力と美意識の積み重ねで自らの"魅せ方"を極めてゆく様子は、素直にすごいなと感嘆するし、まずもってアラサーの身で他のメンバーと同じ運動量をこなしていること自体がすごいなと尊敬していますし、神ちゃんにいろいろアドバイスを貰ったりしている話を聞くと、良い関係だなあとほっこりします。

そんな、飛躍力に優れた神ちゃん。だからこそ、生々しくない遠い次元の表現まで、軽やかに飛んでいけてしまう。自分と対極の位置にある女の子という「異性」にすら、"想像しうる限り最良のかわいらしさ"で、応えてみせるんですね。

それが、どこに由来しているかはあまり重要ではなく。すべては、神ちゃんの情報量と想像力と飛躍力によるものなのかもしれません。

そうやって、神ちゃんが"飛躍力"で「なんとなくそういうものかな」というところまで飛んでいけてしまう人なら、反対にはまちゃんは、"自分"に強く由来した表現しか導き出せない人なのではないか、と感じています。

"自分"からスタートする、その足元からこつこつと積み上げてゆく、そこから踏み出すたびに切り拓かれてゆく、はまちゃんだけの道。

その手で触れたものや、掴んだものや、掴み損ねたもの、流した汗や、涙や、痛みや苦しみ、そんなすべてをくつがえすほどの喜びや、重ねてきた時間、そんなものに裏打ちされた場所に、その歩みでもってでしか、行けない人なのかもしれない。

でも、そんな彼だからこそ、手にしているものがあります。

それが、つまりわたしが感じていた、はまちゃんの表現に詰まった生々しさや人間臭さであり、濃淡や陰影のある感情のおうとつや、艶や多面性であり、人々がはまちゃんに魅せられてしまう理由、なのかもしれません。

そんなアプローチの仕方のまったく違う二人の表現が、一つのグループで、交差するジャニーズWEST。興味深いなあと、改めて思うのでした。