ジャニオタ観察記録

 

 

ジャニオタらに自分のジョンヒョンに対する言葉を消費され続けているなと感じている。

おそらく彼女ら(彼ら)にそういった自覚はなく、彼女たちはアイドルのことがわからなくて、でも語りたくて、知りたくて、わかりたくて、それを知っていそうな他人の中に、それらしい答えを探し続けているのだろうなと思う。

自分の考える疑問の答えというのは、得てして自分の中にしかないものだと、だから人は考え続けるしかないのだと、わたしはそう思っていますが、しかしいまの人は「とことん思考する」ということが出来なければ、そもそもまず「自分」というものを、そんなに信用していないのかもしれません。

ゆえに識者のask的なものには遠慮なく質問が押し寄せ(こういう人たちは相手を人間と思わずロボットだとでも思っているのだろう)、みんなツイッターのあらゆる賢そうなアカウントに目を光らせて、何が正解なのか、何が答えなのかを、探し続けている。考えるのではなく、探し続けている。自分の中じゃなく、図書館の中でもなく、広大なウェブの中を。

彼女たちは、自分に自信はないけれど、プライドは高く、自己愛も強い。自分はとっても特別で、いい文章が書けて、瑞々しい感性を持っているのだと信じ続けている。ゆえに現実では生きづらいのだと。でもやっぱり自信はないから、もっとすごい("答え"を持っていそうな)人もいることを知っているから、なけなしのプライドを振りかざして、自分を「バカ」だとか「ブス」だとか言って自虐する。(わたしは自分がそうであることをすでにわかっているんです。だからそこを指摘しないでください。わたしはわかっていますから)というメッセージなのかなと思う。

(自分を「バカ」とか「ブス」とか「デブ」とか言う人について、わたしは初め、そう扱ってもいいもんなんだと思っていて、この人は「ブス」なんだなあ。この人は「バカ」なんだ。といちいち考えていた。わたしにとって「言葉」とはそういうものであったから。でもあるときから、とてもそうは思っていなさそうな彼女たちの態度を見ていて、ああ、これは防衛精神なのかなと考え出した)

ほんとうはアイドルのことが知りたいんじゃなくて、「アイドルのことをわかったように語れる自分」になりたいんじゃないかな、とわたしは考えている。みんなに一目置かれたい。ちょっと違う人って思われたい。自担のことを魅力的に語れる人だと扱われたい。「そうありたい」ではなく、「そう見られたい」のではないか。

それは本末転倒である、とわたしは思うけれど、でもそうなるのも仕方ないのかなあ、とも思う。

みんな同じように、はみ出さないように、はぐれないように、そういった教育制度の中で育てられて、ほんとうは、やりたいこと、やりたくないこと、得意なこと、得意じゃないこと、それぞれみんなあるはずなのに、全員均等に、同調圧力のもと育てられて、そういう中で、「抜きん出た人」というのは生まれなくなってしまったけれど、個々の心の中に「わたしはわたしで、特別なはずなのに」という、強い想いだけは残ってしまった。

だからツイッターは、その遺恨の再現である。個々に居場所を与えられて、好きに発言、発信できるようになった彼女ら、彼らは、思う存分「特別な自分」を謳歌しようとして、特に興味のないことにまで、それはもうワイドショーのコメンテーターばりに「自分の言葉が求められている!!」という前提で意気揚々とツイートしてみせるのに、だけどやっぱり、どうしても、どうにか"それらしさ"を装いつつ「抜きん出た」表現は出てこなくて、それがとてももどかしい。

コスメ・限定色・刻印リップ・パーソナルカラー、みんなが持っていて、みんなが話題にしているものは、自分も持っていないと不安になって、欲しくなってしまう。つねに他人と自分を比べて、間違っていないか、自分は上か、下か、そういうことを気にしている。自分は特別でありたいはずなのに、みんなと違うとこわくなる。だから、誰かがこの焦燥感の答えを持っているんじゃないかとずっと辺りを窺っている。

こういう言葉は使いたくないけど、そういう中身の希薄な人たちは、好きなタレント、好きなグループ、好きな映画、好きな音楽、もしかしたらそういうものが、自分の中身を充実させてくれていると感じているのかもしれない。

つまり"趣味"が、完全に「自分」というものと同一化してしまっていて、趣味を語ることが、イコール自分を語ることに繋がっている。

多くのジャニオタのアカウントを見出したとき、K-POPのときと比べて、タレントを語っているようでその実「自分語り」に終始しているものがとても多くて驚いた(ほぼ、と言って良かったかもしれない)(現在はジャニオタからKポへの流出も進んで、ジャニオタ的なKポアカウントも増えてきました)。これじゃアイドルがアクセサリーじゃないか、と思って、わたしはすごく嫌な気持ちになったのだけど(わたしはアイドルに興味があるのであってオタクには興味がないんだよ!!という憤慨)、でもよくよく見ていったら、もしかしたらこういうことなのかもしれない、ということを思い出した。

彼女たちは自分が「オタク」であるということにとても価値を見出していて、中には「アイドルも好きだけど何よりオタクが好き!好きなものに情熱を燃やしているオタク最高!」みたいなことを言っている人も多くおり、有名人気取りというか、自分の発言や日常に価値がある、と思っているような振る舞いを多くし、わたしには「アイドル(特別)になってチヤホヤされたかったけどなれなかったので結果オタクしてます。だから遠慮なくわたしを見て!認めて!」というような感じにしか見えなかったのだが、そういう人たちが多くいた。

「オタク」をアイデンティティにし、拠り所にすることで、自分は他者に対して「価値がある」と思い込み、そうして「自分」というものを保っているのかもしれないな、と思った。「語る内容」ではなく「オタク」である、という、そのことで。

そんな承認欲求も、「ジャニオタ」をアイデンティティにすることも、関わりを持たないうちは何の問題もないと思うのだけど、ここでわたしが感じるのは、彼女たちの多くが、自分の好きなものと一体化してしまっているんじゃないか、というこわさだった。好きなものを自分の中に入れることで充実感を感じているのであれば、その「好きなもの」を否定されたとき、少しケチがついたとき、まるでそれを選択した「自分を否定された」ような衝撃と傷を、同時に受けるのではないか。

一体化していて、それを語れることに意味がある、わたしの居場所がある、と感じているなら、なおさら「好きなもの」がいなくなったとき、まるで自分の居場所がなくなったかのような気持ちになるのではないか。趣味として見ている対象を「他者」だと心から理解できていないのであれば、実はとても危ういのではないか。

前置きが長くなりました。ジョンヒョンの話です。

わたしは何故、ジョンヒョンが、簡単に数多のジャニーズタレントと同列に扱われ、ジャニオタに消費されるのだろうとずっと疑問でした。同じ「アイドル」というカテゴリに属してはいても、国も、置かれた環境も違えば、人格も、やってきたこともまるで違います。なのにその背景を自分なりに詳しく調べも、考えもせず、おそらく目に入ってくる範囲の情報だけで、ジョンヒョンの悲劇を、彼女たちはまるで「自分の好きなタレントにも起こりうる悲劇」として、我が物顔で消費しておりました。

解せませんでした。

そこには、ジョンヒョンに対する敬意も、知識も、思慮も、わたしに対する敬意も、まるでないと感じていました。

それどころか、好きなタレントに対する敬意すらも感じられず、そこにあるのは、ひたすら「自己愛」のみだと思いました。

「自分の好きなものを、自分の一部となっているものを、明日奪われたらどうしよう」

まだ起こりもしていない悲劇に(または起こった質の違う悲劇に)、彼女たちは身をよじらせて、自分のアカウントで震えてそれっぽい言葉を吐き出していました。

そのときわたしは思ったんです。ああ、彼女たちはあらゆることを、空っぽの「自分」に近づけてでしか考えられないのだなあと。

他者の悲劇や環境や物語を、あくまで独立した他者のものとして尊重し推測して慮り考えられないのです。彼女たちは彼女たちのアカウントでいつでもヒロインであり、そこには自分と同一化されたアイドルしか存在せず、外の出来事はすべて「自分」に寄せられて考えられていました。

それに気づいたとき、少し唖然としてしまいました。

 

 

おそらくこれを読む機会があっても、なくても、彼女たちはこれを「自分のことを言っている」とはついぞ思わないだろうし、「自分は他人とは違う」と思いながら、「自分は"わかっている"側だ」「特別だ」と思いながら、やっていくのだろうと思います。それを止めることも、否定する権利もわたしにはありませんし、自分はそうならないように気を付けよう、と心がけながら、やっていくしかないと思います。

それでもこうして記したのは、自分の大切なものをズタズタに扱われたようで、とても腹立たしかったからでした。

彼女たちに救済が必要なのか、そういうのがいまの「普通」なのか、わたしにはよくわかりませんが、ここしばらく「ジャニオタ」というものを見てきて少し病的に感じていたことを、この機会に吐き出してみました。

もしかしたら、これはすべてわたしの幻想に過ぎないのかもしれません。

ゆえにこれは、ある非実在のジャニオタについての観察記録とさせていただきます。

 

そういうこともあった、ということ。

2015年1月のログ

 

じょんひょんのさがじしょーみたよ~~!!!

例によって例のごとく、かなり長くなってしまったけれど、いまから感想落とします!!

いや~とても良かったのですが、何が良かったかって、まずはタイミングだと思います。あのソロアルバムが発表されたあとでの、さがじしょーというのが、とても良かった。これは、てみんのソロ活動のときにも感じたことですが。

てみんのさがじしょーが、個人的にはすごく好きで、あの回のしゃいにパートが(おにゅはいなかったけれど…)、自分にとって、しゃいにというものを新たに考え直すきっかけになっていたりしたので。また、カイくんとの関係性であるとか、翻って、SMEというものの特異性であるとか。

じょんひょんのは、さらに彼の個人的な心理に、深く立ち入っている印象を受けました。それが、彼が発表したソロアルバムの印象と、とてもリンクしていたように感じられたのです。

てみんのときは、会社でのてみんの位置というのを深く考えさせられたし(アルバムに同じく)、じょんひょんのさがじしょーでは、彼の、一人の青年としての心のありようと、そして表現者としてのありように、やさしく寄り添っていたように、感じられました。

個人的に好きだった言葉は、彼の座右の銘でもある「理解より容認」と、「青年は悲観的であってよいのではないか」という考え方。じょんひょんの性質を、とてもよく表している言葉ではないかと感じた。

みんぎょんもてみんも、その距離感がかわいらしくてよかったのですが、ザイオンティーのコメントが、いちいち好きでした。ものすごくシンクロしてしまった。わたしは、表現者としてのじょんひょんが、すこぶる好きなので、自らも表現者として、彼にひたすら肯定的なザイオンに、ひどく共感したのです。

じょんひょんがザイオンに対して感じている、嫉妬も込みの羨望がありつつの友情であるとか、お互いにまず、相手の才能に対しての深い理解とリスペクトがあってこその関係というのが、よくよく伝わってきて、ものすごく素敵だなと思いました。

チームメイトであり、身内であり、仕事仲間であり、家族のように近しい存在で、その裏も表もそれなりに見てきているてみんと、同い年で、同じ業界で働いている仲間で、そして異性である友人のみんぎょんと、比較的近年に知り合った、お互いの才能への認識ありきで付き合っているかのようなザイオン

じょんひょんのやってきたことが、しっかりと、友人を介して語られるようなメンバーになっていて、それだけでもう、幸福感を感じたなあ。

あんなに繊細で、ナイーブで、優しくて、壮大なロマンチストで、愛と肯定的なマインドに満ち溢れた、鋭利で敏感な感受性をもつ青年が、いまアイドルを経てアーティストとして、ゆっくりと諦めずに大人になっていってくれていることに、わたしはただただ感謝して、感服して、感動するしかなかったです。

わたしが素敵だと思っているところ、彼の、表現者としての長所だと感じているところは、裏返してみれば、短所として揶揄されることも、あるのだろう。「表現者」という前提を取り上げればなおさら。誰かが言うように、キザで、大げさで、セクシーの強調だって、捉えられることもあるのかもしれない。

そして、本人だって、それを少なからず自覚しているわけですよ。「重すぎる」「面倒そうなタイプ」って見られているかも、なんて笑っていたじょんひょん。それはつまり、「敏感な感受性」の、裏返しの言葉ではないだろうか。

仕事として活かされている長所は、日常においては短所にもなりえて、そしてそういうジレンマをつねに抱えているのが、「表現者」なのではないかと思う。だからザイオンをはじめ、同じ仕事に従事している仲間たちは、ずっと、そんなことはない。それが彼の魅力だ、というようなことを言っていて。

舞台で観客を、また番組でテレビの向こう側の人間まで魅了するためのセクシーさや、声の力は、日常生活においての、ささやかなそれとは別物であって当然だと思うし、それを「大げさ」と揶揄すること自体ナンセンスだとわたしは思うけど、でもそういう認識の元に、言葉を吐き出す「大衆」もいるわけで。

じょんひょんが涙してまで吐露した苦悩は、誰にも、彼以外にはどうすることも出来ない類の話ではないかと、わたしは思います。わたしたちは、芸能人の、一人でいるときや、家族といるときの顔まで知ることは、どうしたってできないし、それを「必要としているか」と問われたら、答えに迷ってしまう。

「必要としている」と即答できる人だって、それは「芸能人」をしている本人を認識しているからこその、発想なのであって。

芸能人や、アイドル、表現者というのは、そういう宿命を背負った職種ではないかとも思います。「表現」してこそ、"必要"とされる。

何が本当の自分なのか、本当の自分の姿は果たして必要とされているのか、理解されるのか、というのは、どうしたってついてまわる、他者からはとうてい推し量ることのできない、深い、苦悩なのではないだろうか。

でもじょんひょんは、そこでコミュニケーションを諦めるのではなしに、自分が「理解されない」のなら、自分が自分を取り囲む状況を「理解しよう」と努めたのだし、「容認しよう」と考えたんですよね。わたしはこの思考の流れを知ったときに、泣きたくなりました。ほんとうに、泣きたくなったんです。

アイドルたる、ということは、そういうことなんだ。と。おそらく、それが最も「正しい」道なのだろう。「アイドル」でいつづけるためには。と感じたと同時に、そこまで至らしめてしまった、その「アイドル」が好きな自分、というものを考えたし、だからこそ、ものすごく、ありがたいとも思った。

じょんひょんがそうして、「大衆」も「ファン」も、他者を諦めないでいてくれていること。

彼はソロアルバム制作を通して、「音楽は共感であると思う」というようなことを言っており、またさがじしょーという番組を通じても、自分一人の言葉にしっかりと向き合い、受け入れてくれている、と感じられたというその体験から、もう少し自分の気持ちを、正直に伝えてみてもいいかもしれない、と。

自分から近づいてみて、それで変わることもあるかもしれない。そう思えるようになった。と言っていました。涙を流す横顔を、隠さずに。

結局は、そういうことなのかもしれないと、わたしは思います。彼らの、音楽やステージ、"ステージに立ちつづけようとする姿勢"、またあらゆる仕事を通して、他者は何らかのものを感じ、彼らはそこに懸命に自分の一面を込めることによってでしか、相互の関係というのは、成立しないのかもしれない。

けれど、人々に「必要とされている」と本人が感じているものと、「本当の自分の気持ち」というもののバランスを、少しずつ取れるようになっていくのも、成長ならば、その過程を見つめられ、そうして受け入れていけることの、喜びもある。

そういう、双方にとっての"コミュニケーション"の成長も、もしかしたら、あるんじゃないかと。

ちょうど、彼のアルバムやソロ活動を通して、そういう側面に触れられているような気がしていたので、この番組は個人的に、非常にタイムリーなものとなりました。

じょんひょんが言った、「青年は悲観的であってよいのではないか」という考えは、もどかしさを感じていて、暗く悲観的にならざるをえないのが青年なのであり、そのもどかしさがやがて成長を促し、変化へ至る過程になるとするならば、それはそれでよいのではないかと思う。といった主旨の言葉でした。

青年よ、共にがんばろう、とも。

「理解より容認」もまた、自分が自分であることを守ろうとしつつ、それでもみなの前に立ちつづけるために、"自分"と"他者"を尊重した上での、コミュニケーションを諦めないための言葉ではないだろうかと、わたしは考えます。

このように、じょんひょんの根底には、自分以外の存在、他者、人間というものに対しての、根底的な愛と信頼からなる肯定感が、つねに横たわっているのを、わたしは感じるのです。青年が成長するだろうという可能性への信頼。自分を理解しない他者を、それでも容認しようと試みる姿勢から感じられる愛。

わたしは彼の、そういう根本にある、人間に対する信頼や容認、肯定感が、とても好きなのだと思いました。その姿勢、言葉、音楽、表現、そういったところからこぼれる、あたたかさに満ちた愛が、とても好きだと思います。それはやはり彼の一面なのだと思うし、彼の人間としての側面なのだと思うから。

つねに戦いながら、それでもアイドルでいてくれていること、誠実にこちらを向いてくれていること、とてもありがたいなと思うし、それこそ、ファン冥利に尽きる人ではないかと感じました。

一方で、ザイオンが語った「健康でいられるスケジュールではない」というような一言には、胸を突かれたし、それは、アイドルがアイドルでいてくれるありがたさとはまったく別に、現実として受けとめなければいけない言葉ではないかとも感じた。

でも外野からしたら、「アイドルの働かせられ方」についての答えなんて、なかなか出せるものではないとも思う。どうしたって関与できない領域の問題であるし、だからこそ、その働きに報いようとする形でしかなかなか応えようがなく、けれど、そのままでは、何の解決にも繋がらない。

改めて、ジレンマだなあ~…と感じました。ほんとうに。

しかし、じょんひょんが今回の活動を通して全番組で1位をとれたことは、やっぱり嬉しいことであり、彼にとってもしゃいににとっても、またSMという会社にとっても、新たなステップとなりうる快挙ではないかと、個人的には感じています。ほんとに素敵なことだと思います。じょんひょん、おめでとう!

 

 



 

(いまになって思うのは、ジョンヒョンというのはやはり、本当のところはずっと自分がして欲しかったことを他者に進んで施そうとしていた人だったんじゃないかということで、最後の最後の、ほんとうにギリギリになる最後まで、彼は「一向に自分を理解しない他者」(という彼の中の絶望)を、自分こそは理解しようと懸命に努めて、努めて、ひとりで努めていたんじゃないかということです。彼は間違いなくうつという病気ではあったのだけど、そんな自分の状況を正しく把握出来ていたくらいには彼は冷静ではあって、いや冷静ではなかったんだけど、理性的ではあって、やっぱり最後まで、最後まで自分を、他者を、"自分に対する理解"を、けっして諦めきれなかった人なのではないかと思います。諦めたからこその死なのではなく、諦めきれなかったからこその死、なのではないかと。わたしは思うのです。それゆえに彼は最後の最後の瞬間まであがきながら、わたしたちに、こんなにも用意周到にたくさんの未練がましい言葉を残し、"共感だと思う"と語った音楽を残し、「笑うことは出来なくても、責めて送り出さないでほしい」と、「苦労した、お疲れさまと言ってくれ」と、最期の送り方まで指定して、最後まで、ほんとうに最後まで、当てつけるように自分のその選択を、自分の苦悩を、生き様を、自分を、理解して欲しがったんじゃないかと。そう思います。そこにおいてわたしが個人的に出せるいまの精一杯の答えというのは、わたしにはどうしたってアイドルをひとりぼっちにさせないことは出来ないが、それでも、一方的に理解しようと努めることは出来る。ということです。たとえそれが届かなくても。どこまでも無力で一方通行で暴力的な行ないでも。それくらいは出来る。ということです。なのでわたしはこのテキストを残します。これがわたしなりのどうしようもない、彼への理解の一端なのです)

 

 

 

(メンバーの追悼文に関して。まさにジョンヒョンが望んだ言葉を望んだ通りに、ファンに対する配慮も込めて、とても親密に砕けた空気で軽やかに届けたみせたキーくんは、どこまでも賢く、賢く、また賢い、泣けてくるくらいに率直で賢い人なのだと思ったし、対象を限定せず、限りなく多くの人に向けられているようでその実、それは彼が唯一届けることが出来なかった相手へ向けての時間遅れのラブレターだったということで、オニュの文のあまりのやるせなさ(と共にそれでもそれを文章にせずにはいられなかった彼の心情)に、わたしはいまも言葉が継げないでいます)

 

 


2015年3月のログ

 

しゃいに東京ドーム、とてもよかったです。端的に言ってボロ泣きした。つぎからつぎからぐしゅぐしゅと、こみ上げてくるような涙だった。

まばゆいしゃいにをキラキラと照らす光の一粒になれて、これほど光栄なことはなかった。ありがと!!!!!

ほんとうにしゃいにらしい、誠意の尽くされたドーム公演だったんじゃないかなと思う。アットホームで、サービス精神たっぷりで、二階席だったのだけど、もうすごく楽しかったし、しっかり届いてきたし、泣きたくないのに泣けて泣けて、周りみんな号泣で。しゃいにもまたみんな号泣で。

泣ければいいという話ではなく、それほど、一体感を感じたんですよね。「東京ドーム」という場所に対する並々ならぬ想いも、頭っからしっかり感じたし、またあの子たちがそれを、臆面もなく出してくる。それにまた感動する。

15日入るか迷っている人がもしもいたなら、行って損はないんじゃないかなあと思いました。

おにゅのレイニーブルーが、もんのすごかった。声の海っていうのはこういうのをいうんだな、と思って。ただただ、空気を震わせている圧倒的な音に、胸と息が詰まるのと同時に、深海にいるみたいな、静謐さがあって。でもっておにゅが、泣くんですよ。歌いながら、瞳に涙を滲ませるの。

てみんのピアノ伴奏は美しく、おにゅの声音は息を止めるほどに圧倒的で、でもおにゅが泣くから、自分が何に感動してるのか、わからない。わからなくなる。たぶん、そのぜんぶなんだけど。なんか、すごい時間だった。

盛り沢山すぎてもう、てんてこ舞いになりながら過ぎていった時間の中で、異様に、心に残ってる。

しゃいにの東京ドームの、あそこにあったのはさ、これまで、自分たちは自分たちの足並みで歩んできたグループだからこそ、成し遂げられた、等身大の、光のまたたきで、だからあそこには、不足も過剰もなかったとわたしは思うし、すべてが無理なく釣り合っていて、だからあんなにも、幸福だった。

誰とも比べられない、しゃいにだけの成功だよ。

そういうグループでいられたことは、素晴らしいことだと、わたしは思うんだ。東京ドーム公演においてでさえも、しゃいには、どこまでも周囲に誠実にあろうとしながら、しゃいにらしさを貫き通そうとし、それが結果、これまでと、そしてこれからを繋ぐ、力強い、意味のある場になりえたのだと思うのだ。

あそこでわたしが何よりも嬉しかったのは、彼らの「これまで」が肯定されたのだ、と、感じられるような公演であったのと同時に、彼らの「これから」も、明確に見えるような、そんな公演だったからなのでした。

最後まで悔しげにしながらも、自分の言葉で自分の気持ちをまっすぐ伝えてくれたてみん。自分がここに立っていてもよいのかもわからない。こんな未熟な僕たちを、愛してくれてありがとう、と言っていたキーくん。ここで、新しい夢ができました。みんなと、ずっと一緒にいたいです。というミノの言葉。

歌いながら、あまりにも自然に涙を流していたおにゅ。楽しそうで、嬉しそうで、ほんとうに楽しいです、と言っていて、そのあとごまかすようにおどけた。背後のBGMにさえ名残惜しそうに声を乗せながら、観客と共に歌うたびに幸せそうにして、最後まで光の渦を、愛おしそうに見たがったじょんひょん。

その手の中にあるものを愛おしむことも、いまだ足りないと思って求めることも、そんな彼らをただまっすぐに愛せることも、お互いの存在に感謝しあえることも、そうしてそれが、次へと繋がっていくのならば、そんな幸福は、ないじゃないかと、思えたのだ。わたしは。

言葉にするのが、どうも野暮になるくらいの、公演でね。今日も、あの会場にいる人たちみなの心に残る、そんなものになればいいなと思っております。

昨日からアイドルが脱ぎすぎて、「アイドルの裸」がゲシュタルト崩壊起こしそうよ…。てみんの露出は、どんな遠距離から見てもありがたさが半端なくて、神々しく、生命の神秘に触れるようだった…。キーくんのボンテージは、あれが見苦しくなくつくり込まれてきた身体に、ひたすら感動していた…。

最高にユニセックスで、大きなつば帽子を被って、赤髪で泣きそうになっている姿なんかはもう、アニメキャラクターのような…。「お嬢さん」そのもので。キーくん、めっちゃ可憐だったよ…。外見もそうなんだけど、性格自体、可憐で品があるなと。サービス精神がすごいのに、節度もちゃんと持っていて。

そもそもキーくんが鮮やかな赤髪でステージに現れたときから、わたしはもう、ぐっと胸を掴まれたような気持ちになり、ああ、"ドーム"というものをそう捉えているんだ!この子は、って。そうやってしゃいに全員が、ものすごく真正面から、"東京ドーム"に、向き合おうとしてると感じられたんですよ。

Fireよかったよね~~~~~TTTT もともと素敵な曲だとは思うのだけど、すごくコンサート映えするというか、歌詞と"コンサート"という空間の親和性やシンクロ性が、異常に高くて、またスクリーンに歌詞を出し、みんなで歌える演出にしたのが、憎らしくて…。

"愛"というのが、あそこにはたしかに、あるわけじゃないですか。満ち溢れているわけじゃないですか。

むしろ、あんなに愛を、炎を、一人ひとりの照らし出す光の力を、「誰かがいることで完全になれる」という感覚を、感じられる場所はないんじゃないかとすら、思った。おそらく、日常で心を動かされるスケールより、ずっと大きなことが、あそこではきっと、光の数だけ、起こりうるのかもしれないと。

みんな、日常での苦痛や傷を抱えつつ、でもそういうものは一旦置いておいて、コンサートを見に行くんだと思うんです。で、もしかしたらそれは、アイドルも同じなのかもしれないって感じたんです。裏での、苦労やつらさはきっとあって、でもそういうものはまた別にして、コンサートをやる。やり遂げる。

あそこは、みんなで一緒に、「良いことを分けあいましょう」「良いことだけにしましょう」って空間だと、感じたんです。

メンバーも(とくにじょんひょん)、MCで正直に、実感を込めて言っていたけど、この四年間、ほんとうにいろんなことがあったと。

たぶん、アイドルも人間なんですよ。ファンも人間で、だけどアイドルも人間で。歌って踊って、その懸命さで人の行く道を照らしてくれる存在ではあるのだけど、でも、みんなきっと、誰かいないと生きていけないんだって。ファンがアイドルを求めるのと同じくらい、アイドルにもファンが必要なんだって。

言葉では何とでも言えるそのことを、とてつもないリアリティを伴って、体感できた気がしたんです。

Fireを歌う会場を見て、泣いて歌えなくなるキーくんを見たときに。レイニーブルーを歌いきった、おにゅの顔を見たときに。サプライズで堪え切れずに泣きだした、5人の姿を見たときに。

しゃいにが、伸びやかな歌声で、「今までの愚かな僕を、」と歌うのを見ていて、感じたんです。

わたしから見たら"完璧"に見えるしゃにでも、"完全"に見えるしゃいにでも、日常ではもしかしたら、わたしたちと同じように、ささいなことで「自分は愚かだ」と感じる瞬間も、あるのかもしれない。でも、「しゃいに」だから、コンサートでは、最善を尽くして、「完全」に振る舞うんだって。

コンサートって、そういう場所なんだって。

たとえ「数時間」の繋がりでも、みんながそこに、自分の人生の中の「最良のとき」を持ち寄ろうとして、演者もファンもスタッフも、みなが互いを思いやりながら、力を尽そうとして、それがあんなにも大きな光となり、もしかしたら、それを繋いで、生きていけることもあるのかもしれない。って。

「自分の人生」というスケールで、「その場」を語るメンバーを見たときに、わたしは、涙が止まらなくなって。

なんてものを、そんなものを、分かち合わせてくれるのかって。なんて。なんて。なんてことだと。

日常の生活なんて知らない、プライベートなんてまったくわからない数万人の人間が、ものすごいリアリティを伴って、あの場を、共にしていたんですよ。しゃいにも含めて。泣きながら。「しゃいにが好き」という気持ちだけじゃない。おそらくそこまで知識がない人も、興味がない人も、いたかもしれない。

でもしゃいには、そういうライブを、やったんだと思うんです。何より、あそこにいた全員の力で。

キャパとか名誉とか東京ドームとか、正直わたしはよくわかんないんですよ。思い入れもないんです。ただわたしはしゃいにが好きなので、しゃいにの語ってきた"東京ドーム"を見てみたくて、あそこに行って、結果、予想を遥かに超えて感動した。でもそれはけして、"東京ドーム"ありきの話じゃなくて。

それを目標にして、走り続けてきた"しゃいに"ありきの話なんですよ。韓国でデビューして、日本でもデビューして、たくさんの苦楽を共にしてきた、彼らの努力と道のりの果てにあった感動だったと思うんです。ドームだからじゃなくて、しゃいにだから感動した。しゃいにのドームだから感動したんだよ。

そういうグループだと思うんですよ。彼らは。やるって言ったらやるし、思い入れを語れば、それだけよいものを見せてくれる。必ず。そういう思いが、わたしにはあった。

けど、わたしがそうやって「完全」だと思っていたしゃいには、きっと「完全」じゃないときもいっぱいあって、それでも、「完全」を見せてくれる。

たくさんの光の力で。

光に照らされて、導かれて、「完全」を見せてくれるグループなんだと思ったし、そういう、コンサートだったなと思いました。

「完全」ではなく、そこにおいて「完全」を目指そうとするグループであるからこそ、こんなにも、しゃいにが好きなんだ。大好きなんだ。愛しいんだって、思いました。

 

 



 

(この最後の感想はいまでもほとんど変わっていなくて、やはりそんなグループだからしゃいにが好きだし、しゃいにのメンバーが好きだし、ジョンヒョンが好きだなと思います。どんなに優等生だと言われようとも、つねにそこにおいて自分たちに出来る最良のパフォーマンスを目指そうとするから、彼らが好きなんです。もしかしたらそういう評価がときに彼らを苦しめていたのかもしれなくても。それでも、そういう気持ちでわたしはしゃいにが好きです。それにしても、Kドルに対する自分はひたすらエモくて気持ち悪さすら感じるな。いま、このときを振り返って思うことは、そんなたくさんの想いの集まった大きな光にも、太刀打ちできないほどの個人の苦しみというのも、もしかしたらあるのかもしれないし、それを繋いで生きていけないことだって、あるのかもしれない。ということです。瞬間は、つぎつぎとさらなる一瞬に塗り替えられてゆく。他者の存在は、わたしにいつだって、自己完結の先の世界を教えてくれます。ジョンヒョンはわたしにとってそんな存在だった。彼にとって、他者とはどんな存在だったのだろう。それが一生窺い知れないことが、いまとなっては無性に悲しい)

 

 

 

NETFLIXオリジナルドラマ『炎の転校生 REBORN』第8話「最強の炎の転校生!!」感想たれながし

最終話また。

とうとう最終話になってしまった…。

アニメみたいに特殊オープニングには流石になんないよな~とか考えながらオープニングを見ていたら、さっそく仕掛けてきてくれたので、このドラマに対する信頼をより深くしたわたしだった。

たった25分、たった8話という、限られた尺の中での作品でしたが、その中にこの作品のカラーというものがこれでもかと詰め込まれていて、まるで2クールくらいのアニメに付き合ったほどの感慨があるんですよね。それは、冷静に考えるとすごいことで。

惰性でつくってるんだなと思える個所が、一つもなかったんですよ。どのシーンのどの画においても、または構成、脚本からして、徹頭徹尾こだわりや工夫が感じられたんです。そういう作品を享受できるエクスタシーってのが、あるじゃないですか。あるんですよね、オタクにとっては。そんな幸福を感じられた作品でもあったなあと思います。担当Gが主演しているということを抜きにしても。

「尺が限られている」ということを、逆手に取ったメタなセリフや構成が多かったね。それは、「ジャニーズアイドルが主演している」ということや、「往年の熱血マンガを原案にした実写ドラマである」ということを、逆手に取るのと同じようにして。

つまり、正面から捉えれば一見ウィークポイントになりえそうなことを、見る角度を変えて力業で反則的にプラスに変換してゆく、という、とても型破りな手法を使っていて、それが出来るのは「ネット配信のオリジナル作品」という、まずもって特殊な状況下が一つの前提としてあったからなのかもしれないし、そこに「ジャニーズWEST」という、非常におあつらえ向きの素材があったからなのかもしれない。

それくらいに、ジャニーズWESTというグループのグループ性は、この作品になくてはならない要素だったと感じるんですね。

王道をまっとうできるほどの健やかな資質やポテンシャルを秘めながら、同時に邪道の手法にも応えてくれる経験や力量やセンスが文句なく備わっている、ジャニーズのアイドルグループ、という存在は、おそらく、貴重だと思うんですよ。ファンの欲目かもしれないし、手前味噌かもしれないんだけども。

そういう、わたしが個人的に感じている、ジャニーズWESTのグループとしての特殊さ、面白さみたいなところに着目して、一つの企画を通し、その持ち味をこれでもかと引き出してくれた、秘められていた部分まで探り出して、伸びしろまで見せてくれた、という意味では、ほんとうに、こんなに幸福な体験はなかったなあと感じています。いちファンとしては。

最終回はひかりちゃん回か~??ドキドキ…。

見下ろされる形で臨むアングルのひかりちゃんの神々しい美しさよ。

雑なアクションの吹き替えワロタwww

ひかりちゃんって戦闘派ヒロインだったの!?ギャアアア燃えーーー!!!!

てっきり知能派だとばかり思っていたら……。

そうやコタキ全力でオンナと戦えないんじゃん!!

ひかりちゃん最高じゃん……ちょっとキックアスのクロエみを感じるんですけどー!!

やられたコタキに駆け寄るフジイwwwwwwwwwwww フジイがもう完全に仲間大好きキャラになっとるwwwww

はあああ……いま自分の中でひかりちゃん大好きゲージが上がりに上がってる……ここへ来て海荷のキレッキレのドS芝居がいいなあ……また強すぎる正義感や真面目さゆえ、というのが見え隠れする感じが…。

ちゃんとヒロインにも見せ場とスポットを当ててくれる構成うれしいー。ただの添え物扱いは嫌だもんね。

カミヤマが泣いてたらとりあえずめちゃくちゃな状況なんだなというのが理解できるのでいいな。

おいおい、ナカマが何か言い出したぞ…wwww

地味でアナログだけど確実すぎてこわいナカマメガネOFFwwwwwwwwwww

めっちゃ普通のことを言うハマダに今日イチワロタwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

「よせ、度が合っていないメガネは危険だ!!」wwwwwwwwwwwwwwwwww

めっちゃ普通wwwwwwwwwwwwwwwwwww

めっちゃ普通のこと言うwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

あれやろな、あるべきものをあるべき形で使いたい、というハマダの規律キャラの発露なのかもしれないんだけれども…。

シゲオカが懸命にひかりちゃんに対して主人公をしてくれるので、そこで作品のピュアネスが締まってる部分は大いにあると思うな~。

わりとそれは重岡のグループへの影響力、ひいてはセンター性みたいなところにも繋がってくるんだよなあ。

でもこの人はやっぱり「してる」人なんですよね。主人公「してる」人で、アイドル「してる」人で、ヒーロー「してる」人だから、こんなにもその表現一つ一つでいちいち他者の胸を締め付け揺さぶる、というところは、おそらくあって。

「してる」というのは、"本来はそうではない人間"の「憧れ」が原動力になっている部分は、大いにあると思うので。

重岡のまとう独特のエモみって、言うなれば、それがはちきれんばかりの重岡自身の"憧れの結晶"であり、"憧れの体現"になっているからなのだと、わたしは思うんですよ。

まあ個人的な見解なんですけど。

ゆえにきっと、「してる」のが重岡だし、「なってる」のが神ちゃんなんだよなあ。

そうなんだよね……ひかりちゃんってずっと「使命がある女の子」の顔してんのよ。そこが引っかかってんの~!!その頑なさというか、潔癖性というか。だからどストレートに純情主人公ボーイしてくるシゲオカといまいち噛み合わなくて、そこがまたたまらないのです。

実はずっと密かに校長とひかりちゃんの関係に萌えてんだよね……。ひかりちゃんの少女性って、ファザコンに繋がる部分を感じるというか。彼女が成熟しないのは、その必要がないからで、その必要がないのは、校長の庇護の元にいるのが心地よいからなのではないか。みたいな。

ウワアアアアアアアアアアアアアアアア中の人出てきたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

まじで何でもアリだしガチでクライマックスじみてきた……素で興奮する……。

ウワアアアアアアアアアアアアアアアアやっぱり校長とひかりちゃん親子だったアアアアアーーーーーー!!!!!!!!!

あかん萌える萌えるたまらん萌える……面白すぎる……しかも生き別れの息子を探してるのか……。

単純に作品として面白い……オモがシロすぎる……。

ここで水を差すようなことを言うナカマがすげー淳太っぽいww

ここまで来ると個々の演技の特性みたいなものも見えてきて面白いね。のんちゃんはまあとにかく真面目ですよね。一生懸命やる。細かいところまで自分で意識してちゃんと一生懸命真面目にやる。それくらいしか今は出来ないからとにかく一生懸命やる。真面目や。

アイデンティティが「パパの娘」のままなので恋愛モードになんて至れるわけもない(なのでシゲオカの言動をいちいち取り違える)ひかりちゃんと、アイデンティティが「普通の主人公」なのでヒロインをヒロインとしてしか扱えないシゲオカの齟齬が愉快だな。

コタキの意外とピュアなキャラがこの勘違いに繋がって、そこからアホでとぼけたハマダに勘違いが伝染し、ゴーイングマイウェイなフジイが勝手な自己解釈をして、ノリの良いキリヤマが無責任にその流れに乗り、シゲオカが(アホな意味で)主人公して、ナカマがツッコんで締める。そこからカミヤマが仕切り直して、シゲオカがそれに応える形で再び(良い意味で)主人公し、改めて7人で敵に立ち向かう。という一連の流れが、美しすぎたな。

7話も話数を積み上げてきただけはある流れだった。

これ、ラスボスの正体言っていいの……??ここで言及していいんですか……??

「……そうきたかっ!!!!!!」すぎるので、個人的にはネタバレしない方向でいきたいんだけど。

ただ、『炎の転校生 REBORN』という作品をつくるにあたり、"ジャニーズをジャニーズとして扱いきる"という、その心意気を見せつけられたような展開で、もう、恐れ入ったという気持ちしかないです。

不自然なまでに触らないよりも、触るなら徹底的にいじくりまわそうって魂胆なんですよね。これは。

わたしはその姿勢にずっと感動してるんです。

だってどう転んでも彼らはジャニーズなので。

ここでこの人選っていうのがまたさあ……めちゃくちゃキャスティングのセンス徹底してるやん……みたいな。

あーーーーーーーーーすげえな~~~!!!!!!!

こんなドラマないですよほんとに。

もうもうここのセリフが面白すぎる…。出てきて5分やそこらで最若手グループのメンバーにドラマを通してここまでいじり倒されるジャニーズの長老とは…。

ジャニーズとアイドルいじりがまじでスゲエ……。

これ、前回の原作者いじりに値するほどのすさまじいいじりを、今度は最終回にWESTに仕掛けてきてるんだよなあ。

最終話のクライマックスの対戦場面において、あえて演者にキャラクターとジャニーズを行ったり来たりさせるこの展開が最高にくだらなくて、面白すぎるし熱すぎる。

こんなに軽やかにジャニーズを扱える作品もあるんだよ~って。それはやっぱり、主演がWESTだからだし、ラスボスがこの人だからなんだよなあ。

でもここでちゃんと、乗り越えるべき敵にジャニーズの先輩を設定してくれたの、愛なんじゃないかなあと思いますよ。わたしは。ジャニーズという事務所がデビューさせるグループの現最若手であり、久々の関西色を持った存在で、そんな彼らが出来ること、やれること、見せられるもの、そういうことを吟味し考え抜いてくれた末に、最後の最後に、こういうストーリーを用意してくれたんだよなあと。

ほんとにねー、こんなドラマないですよ。なかなか。ファンは、うれしいって。もうほんとそれしか言葉が出ないんですけど。

自分が好いているものを、大事にしてくれているところが見られたらうれしいって、それはもう、自然なことなのかもしれないんだけれども。

良いドラマだなあと思います。他の人にとってどう見えるのか、面白いと感じられるのか、そういうことはもう、正直わたしはよくわからないです。わたしは現在ジャニーズWESTにどっぷりで、アイドルのアイドル性を愛しているし、隙や内輪性も込みで、ファンにしか通じないネタとか、オタクにしか通じないネタとか、反して勢いのみで押し切ろうとするところとか、そういうのも込みで、もう、楽しくて楽しくて、好きで好きでたまんないんですけど、他の人にはどうだかわかんない。

でも、わたしにとっては、信じられないくらい素晴らしいドラマです。これは。

ジャニーズWESTを好きになってよかったな、と思える一つの立派な理由になります。この作品に出会えたことは。

ナレーション自ら「意外と使われなかった必殺技、国電パンチ」とか言っちゃうとこもさー、もう、愛しさにしかなんないよね。

ラスボスつえええええwwwwwwww 伊達に長老じゃねえええwwwwww

御殿場のアウトレットwwwwwwwwwwwwwwww

だめだこの家族構成が面白すぎる……。

最終話になってほとんど関係ない家族の話になってるの面白すぎるだろ…。

無人島で修行wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

無人島だから今までレーダーに引っかからなかったwwwww 強引でありつつ華麗な伏線回収wwwww

ゆかりのバイタリティがすげえ。

ゆかり伊代なのかよwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

伊代なら無人島で子育てしつつ御殿場のアウトレットにも行けるかなwwwwww

「仲良しマヌケ家族」wwwwwwwwww ごもっともすぎwwwwwwww

コタキの、筋金入りのヤンキーのくせにちょいちょい常識的なことを言ってその場の流れを要約するキャラ、嫌いじゃねえよw

最後の全員の「え~~~~~~~~~~~!!!!!!!」の長さに、これまでの徒労感が込められてるね……。

大詰めにて派手に盆をひっくり返すように、これまでのすべてを無意味化してしまうナンセンスさ(を装ったシリアスの避け方)が、またすごくこのドラマらしいな。

おいこれ3話ではじめちゃんから貰った友情の印のカメじゃん!!!!!!!!!カミヤマ!!!!!!!!!

この場面、全体的には少しアドリブっぽさもあるんだけど、ちゃんと演技してる人は演技してたりもして、その辺の幅や自由さが、このドラマにおける個々の集大成っぽいなあ。

フジイにバナナが渡ったの意味深すぎるだろ…。

カミヤマ、いつの間にかひかりちゃんのこと呼び捨てになってるの地味にやばい……やっぱりいちばんやばいキャラは実はこいつだったのでは……。

うわーーーーーーーーーーーーーーーー最後、みんなが学園から駆けてゆく後ろ姿で終わるって……最後の最後でしっかり抑えるところ抑えてくる感じがニクイしつらいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。

終わっちゃやだああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!

しかも冒頭で勝手に早送りしたオープニングを、エンディングに持ってくるというセンス…。要するに、基本的な王道とはどんなものなのか、というのをきっちり抑えている人がつくっている、反則と邪道だらけのドラマなんだよな~。

フルサイズの主題歌に乗せてこれまでのシーンを振り返るエンディングって……もういっそ殺して……。

これは、みんなが駆けてゆく後ろ姿でそれを追っていた映像が途切れただけで、あるいは、あの先にはこちらには窺い知ることのできない未来が続いているのかもしれない、という、エンドの付け方だと思うんですよね。

そういうところまで含めて、最高のドラマだったなあと思います。

とか言ってたらすぐさまタイトルバックに若本のナレーションが入り、「そして彼らが出会うことは二度となかった……」→「……はずだったのだが、新校長が慣れ親しんだ無人島に帰ってしまったため、呼び戻されたのはこのわずか3日後のことであった……」という、非常に雑で省エネな二段オチかつ続編匂わせがあったので、やっぱり、結局はこういうドラマなんだと思います!!!!!!!

感想たれながしもこれにて完!ありがとうございました。また会う日まで!!!

NETFLIXオリジナルドラマ『炎の転校生 REBORN』第7話「炎の大運動会!!」感想たれながし

7話また。

これまでと少し違う不穏な始まり方に、流石にこんなドラマでも最終話前の気配が漂ってきたな…と一瞬感じたものの、その後"サイキック実習"という名目でサイを蹴っている絵面を見た途端、そういえばこんなドラマだった…とふたたび納得したわたしであった。

こんなアホなノリにもいちいちちゃんとツッコんでくれるナカマ、まじでツッコミ手当て付けてあげて欲しい…。

ヨーロッパ企画をして、フジイに「華の無い連中」と言わせしめる脚本がwwwww 全力でイジってきてるやんwwwww これ、アイドル主演のドラマじゃないとぜったいやれないノリですね。

さっきから真・炎の転校生の言っていることがメタすぎてやばい。最終回前なので急にそれっぽい敵が出てきた感を隠すつもりもない。また演じているのが舞台俳優なもんで、結果的に炎の転校生をやっているWESTメンバーの、アイドルらしい演技に対しての力みや瑞々しさが炙り出される構図になっていて、これはこれで良い効果を生み出している感があるなあ。

真のほうが、「我々こそがホンモノの炎の転校生だと証明してみせよう!!」などと究極に"それっぽい"ことを言いながらも、立ち方やビジュアル、芝居に関しては完全に「"お約束展開"のパロディ」「"ジャニーズWESTという旬のアイドル演ずる炎の転校生メンバー"のパロディ」を貫いていて、そういう意図を肌身で感じてアウトプットできる舞台俳優の身体性~!!って思うな。

アイドルだって年間を通して何度もステージを踏んでいる、という意味では充分身体性の高い人たちだと思うんですけど、それが「演出家という一つの"意図"の元に集って芝居をする集団」という要素を介したときに、お芝居というものに対して、こうもアプローチや理解力、レスポンスの速さが変わってくるのだなあと。

ゆえに、アイドル映画やアイドルドラマというジャンルは、「作中でどんどん変化してゆく」「成長してゆく」姿をそのまま収めてそれが魅力として成立する、"完成度"が前提とされないジャンルなんじゃないかなあと思います。俳優という職業は、求められているものをその場でどこまで体現できるか、という、シビアさがモノを言う世界ではないかと感じるので。

アイドルという職業は、求められる限りそこに"アイドルとして"立っていなければならない、という大変さはあるのだけど、それは「"何者"かになる」という方向とはおそらく真逆にあることなのではないか。ただ「アイドルとしての自分」で立っていなければならない、ある意味では究極の奉仕でありある意味では究極の傲慢がそこにはあるのだけど、俳優という職業はおそらく、そこで"何者"かにならなければいけないのだと思うんですね。"自分"という人間の引き出しや経験を使いながらも、求められている"何者"かにならなければならない。

この辺が、わたしが、神ちゃんの演技(やパフォーマンス)に対して役者の片鱗を感じている部分であるし、重岡の演技に対してどこまでも"アイドルとしての自分"で臨んでいるのだなあと感じている部分であるんですね。

話がすごく横道に逸れてしまった。

とにかく、「種火学園」を「火種学園」と裏返していたり、華のあるピチピチの男子(に見えるんですよねこの構図なら)が華のないおっさんに裏返っていたり、何かと正反対の要素をぶつけてくる「真・炎の転校生」たちの佇まいですが、アイドルと舞台俳優という対比も、そういうものの一環なんじゃないかなあと思ったりもします。

ぴかりがひかりちゃんに対してずっと性的なのも、そういうことなのだろうなあ。

島本先生(みたいなやつ)出てきたwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

すげえやべえ7話やべえ……。

あらゆる意味で「実写ドラマ」という媒体が「原作漫画」という媒体に真っ向勝負を挑んでるやんけ。

ぜんぜん弁えてないやんけ……「原作漫画」あっての我々ドラマですぅ~~~じゃないやんけ……「後発の実写ドラマ」という媒体が使えるありとあらゆる手を使って、原作漫画に真っ向から勝負を挑んでいる……これはめちゃくちゃ痺れるね。

本気を出して全力で挑むからこそわかりあえる的な、島本漫画の熱血イズムにも通じるのがまた…。

やってることはメタなんだけどさ~~~~~~~~~でもこれって、後発のジャニーズアイドル主演の実写ドラマだからこそ使える手ですよね。すべて。"後発"の"ジャニーズアイドル主演"の"実写ドラマ"が使える返し手をぜんぶ使って、「原作漫画」という、本来は乗り越えられるべくもない巨大な概念に挑もうとしているのよ。

リスペクトしているからこそ、同じ土俵に立って乗り越えてやる!!!的な少年漫画イズムについてもそうだし、これ、ジャニーズアイドルが主演している、という要素を、どこまでも大事に大切に扱ってくれていますよね。原作や原作者を大事にするのと同じように(だからこそネタにしてイジるねん)(それがドラマじゃないと出来ない表現だから)、ジャニーズアイドルが主演している実写ドラマ、という、本来はアンタッチャブルな領域にちゃんと踏み込んでネタにしてくれている。これが愛じゃなくて何が愛だというのか。

ジャニーズなんてさあああああ~~~~~~~~、本来、触らなくていいなら触りたくないってのが本心だと思うもん。

でも、ちゃんと、広告でシルエットのみをネタにしたり、対立勢力としておっさん舞台俳優を出してきたり、「ジャニーズだからこそ出来るオモシロ」に斬り込んできてくれてるじゃん。これは、おそらく「ジャニーズWEST」が結果として現場で愛されたからなんですよ。「ジャニーズWEST」みたいな"ジャニーズ"なら、ネタにするくらいは好きになれるってことなんじゃないかなと思うんです。

もちろんこういうことは、WESTに限らず数あるジャニタレの現場で起こっていることなのかもしれないんだけども。

ジャニーズのジャニーズ性に(当たり障りなく褒めるという形だけではなく)ちゃんと触れてくれるのって、やっぱりすごいことですよ。それは、原作者の原作者性に触れようとするのと同じくらいには。

主演者と原作者、その双方に対して、ドラマが出来る限りの手を使って、真っ向から挑もう、向き合おうとしてくれている。そういうドラマじゃないのか、これは。

結局それはやっぱり、原案者の島本和彦がつねに全力だからじゃん!!!!!とは思うんだけどね。

WESTが島本和彦(っぽいもの)をただのおっさん扱いするノリ面白いwwwwwwwwwwwwし、この回に限ってはメンバーがキャラクターを演じることをすでに止めかけていて、それは、"原作者の乱入"という形でドラマの世界に時空の歪みが発生したからじゃないですかね。

(これはすべてわたしの深み読みです。ただのバラエティ回と言ったらそれまでです)

ドラマ側が頑なに原作側をニセモノ扱いしてるのに痺れるし、それを表すように原作側(真・炎の転校生)のメンツがことごとく胡散臭いのが最高だなwwwww

ドラマが、ドラマだからこそ、ドラマにしか出来ないことをしている。こんなにシビれることってないですよ。

それが、最高の原作を、最高のキャストで迎え撃つ、最高のドラマのすべき仕事って感じじゃないですか。

ぴかりの"完全に華でしかない"ヒロインとしての佇まいが画として素晴らしいし、「真・炎の転校生」メンバーの演技が胡散臭ければ胡散臭いほど、ヤッターマンに対するドロンジョ側的なチープなニセモノ悪役感に溢れて、素晴らしいんだよなあ。

よく島本先生をこんな扱いしようと思ったな。

また島本先生が(あくまでポーズとして)"このドラマの扱いを快く思っていない体"を貫いてくれているのが(それはジュビロ庵野に敵対心を見せつづけるかのごとく)、本人の生粋のエンターテイナー魂やお約束を理解している感に通じて、たまらないんですよね。こういう漫画家の描く作品だからこそ、その懐の中でクリエイターとして好き勝手にやれる、というのはきっともう、絶対的にあって。

WESTさ~、こういう座組&キャストと原作者との仕事に出会えて良かったよね、っていうのはもう、あるよなあ。

いまはすべての意味がわからなくても、もしくはずっとその意味はわからなくても、こういう人たちとガッツリ向き合って濃い仕事をしたって経験は、これから身になってゆくと思うので。

ここでまだ5:49なんだよね。ごめんね、なんかいちいちいろんなところに勝手に意味を見出しちゃって…。

和彦北海道帰ったwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

いちいち「北海道」って言わすところがwwwwwwwwwwwwwwww

来年のツアーのオーラス、また和彦といくえみ来てくれっかな…。まあ、わたしは行けないんですけどねー。

流星(のパロディ)だけみんなより反応遅いの狙ってるの???wwwwwwwwww 北海道といいデティールが細けえwwwwwwwwwww

原作側から来たキャラだけ倍増しで擬音多いのおもしろいわあww 

北海道やから熊???安易wwww

はまちゃん素で笑ろてもうてるやんwwwwwww

ぴかりがギャルギャルしい、女子高生という単語に潜むロマンを掻き集めたようなヒロインなのいいな~。上がるわ~。

ひかりちゃんの潔癖な少女らしさとの対比がまぶしいわ~。

海荷ちゃんにしょっぱなからポールダンスをやらせたり、ちょっと海荷イジりに走ってるとこも正直あるよね!?ほんま、ヒロインにもスパルタやで……。

いついかなるときもフジイがフジイなの面白すぎるし、流星すげえな~。ここからもっと伸びてくのかもなー。

ナカちゃんwwwwwwwwwwwwwwwww フジイのニックネームセンスわりと単純wwwwwwwwwww

「ジャニーズの身体能力や対応力を舐めるな」という、ジャニタレを起用するときに出がちな褒めワードとしてのお約束がちゃんと機能しているにも関わらず、そこは運動音痴が当人の(ウィークポイントではなく)チャームポイントに結果的にはなっているナカマがトリガーとなり、集団としてはなかなかうまくいかないって展開、流石って感じだなあ。

ドラマなのにバラエティをしている。わたしは何を見せられているんだ感がすごい。

フジイを筆頭に、なんかチームプレーが出来てきている炎の転校生たちwwwwwwwwwwwwww

別に草を生やす場面ではないのだが、フジイがみなに情を抱き出している展開がおもろすぎるwwwww

ここの金のタマゴゲームでの神ちゃん、終始、動物が好きなただのかわいい神ちゃんでしかないのでみんな見て……見て……!!

神ちゃんかわええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!(突如として発作を起こすわたしの神山担としてのアイデンティティ

ヨーロッパ企画のほうもチームプレー出来てるwwwwww

高性能メガネキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!(古い……)

うれしげなひかりちゃんかわゆいいい~!!

フジイひとりめっちゃチーム感感じてるやんwwwwwwww

ここで久しぶりにカミヤマの泣き虫キャラが出てくるwwwwwww 隣のシゲオカはやっぱり優しい。

追い詰められたり余裕を失くしてジタバタしてる淳太ってかわいいんだよなあ~。だいたいそういうのは醜く映るもんなんだけど、この人の場合はそうじゃない。そういうところに着目してくれた今回のドラマっていうのは、やっぱり、かなりファン寄りの視点を持っているんじゃないかなあと思います。淳太が積極的に見せてゆきたいのは(それゆえに照史がそう扱ってくれるのは)おそらく、きちんと余裕をもってポーズを取れる、インテリとしての自分、みたいなところだと思うんだけど、この人はそれが崩れたときの方が俄然魅力的である、みたいなところがあって、それを引き出してくれたのが、重岡を筆頭にした、WESTの弟組なんじゃないかなー。

なんか、いつまでも少女の心を忘れないお嬢さん育ちのママ、みたいな風情もあって、面白いですよね。すごく独特だなあと思うし、それはやっぱり、育ちなのかなあとも思います。"生まれ、育ち"って、どうにも出来ない、人としての味に繋がってきたりもするよなあ。

1号にそんな設定がwwwwwwwwwwwwwwwww

急ごしらえの感動展開すぎるwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

シゲオカは主人公らしく冷静に「なにこれ~…」ってツッコめるのに、カミヤマは感化されすぎだろwwwwwwwwww そんなんだから勝手に見知らぬ親子に肩入れしちゃうし、フジイの過去に勝手に思い入れを募らせて暴走しちゃうんだよwwwwwwwwwwww

いや~、ここに来てもカミシゲ、いいコンビとして描かれてるなあ。

1号死んだwwwwwwwwwwwwww

そんな脈略もクソもない展開でもいいのかよwwwwwww

次々とナレ負けしてゆく転校生たち……。

いつの間にか最終競技になっており、それを「ドラマの尺の都合」と登場人物自らに言わせるという暴挙。

ぴ、ぴ、ぴかり~~~~!!!!!!!!!!!!

ハマダが久々にルールキャラを発動させたwww

ぴかりは不二子ちゃんやドロンジョ様要員として完璧なお色気キャラをまっとうしているんだけど、ひかりちゃんが辛うじて申し訳程度に制服から出している素足に胸を貫かれる、みたいなところもあるわけやん。

同様に、重岡はおそらく「鍛えよう」という目的があって鍛えている人の裸体をしており、そこに重岡のアイドルとしてのメンタリティを感じ取って苦しくなったりするわけです。のんちゃんや淳太の身体からはやや隙を感じてしまってそういうものもある意味では生々しいし、はまちゃんの身体は単純に造形として美しいです。

韓国の人の方が、「見られる」ということに関してはものすごく自覚的なんですよね。ルッキズムも徹底しているし、どうしたら自分がよく見えるか、ということについて、事務所と共に戦略的に研究している場合が多い。自身のパッケージ化、とでもいうのかな。一方、日本では「あまりじろじろ見るもんじゃありません」という文化があるわけじゃないですか。ジャニーズという事務所も、レッスン一つから自己プロデュースに関してまで、完全に放任主義らしいので、そこに、個々のタレントにそれぞれ少しの隙や生々しさを感じる理由があるのかなあと考えている。

見学なのに他メンもちゃんと脱いでいるところにファンサービス魂を感じるwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

K-POPでは露出(着衣のまま脱いで見せる、着衣のまま切り取って見せる、というような)がファンサービスになり人々が沸く、という文化はあったのですが(逆に覆うことで色気を際立たせようとするキャラクターの人もたくさんいました)、ジャニーズに来て初めて、単純に「裸」そのものがファンサービスたりえ、それが成立することを知った感があるなあ。

これまではほんと、"隠す"か"見せる"か、だったんですよ(で、わたしは隠す人に惹かれがちだった)。ジャニーズではストレートに「裸」そのものなんだなあっていう。

ここか、原作本を食べるシーンwwwwwwww

「よせ!!島本本の大量摂取は死の危険性があるぞ!!」wwwwwwwwwwwwwwwwwwww

いちいちカロリー高そうやもんなwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

これネタみたいにしてあるけど、自分で咀嚼し噛み砕いて消化し血肉にしてこそリスペクト、っていうのは、わりとこのドラマの姿勢として言いたいことでもあるのかな~という気もする。"言いたいこと"を考えるなんて、ひどくナンセンスだとも思うんですけど。

島本本食べたからこんなに熱くなってるのかwwwwwwwwww

すげえwwwwwwwwwwww 島本本すげえwwwwwwwwwwwwww

クッソ下ネタwwwwwwwwww

負けた敵が水下に沈んでゆく画、なんともマンガ的でいいなあ。

歯が抜けたフジイの発言にいちいちロイヤルなフォントの字幕が付くのやめてwwwww

見学三人衆のリアクションほんま笑うねんwwwwwww

ナカマ回、スケベっていうか思春期的な下ネタが多いの、ほんとらしいwww

みんなあらゆる意味で満身創痍www

「お前たち~!!」って呼びかけwwww

鼻血ブーで大逆転してたwwwwwwwwwwwwwwwwwwww ナカマの思春期性が見事少年漫画魂に通じて結果大逆転してたwwwwwwwwwwwwwwwwww なっんじゃこの展開wwwwwwwwwwwwwwwwwww

鼻血ブーというアホほど単純なギャグのせいで一気に友好的になる敵たち……。

あ~~~~~~~これ、対立キャラと見せかけて、実は「漫画の実写化にいちいち難癖をつけてくるヲタたち」という世の風潮的な概念をストレートに具現化してたってオチだったのかーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!

だからちょっと全体的に憎らしい造形になってたの?いやーすげえなあ……。

ナカマ的にはけしてギャグじゃなかったwwwww 単純なリアクションに過ぎなかったのだ……。

校長も満身創痍ww

いやー今回のオチは、皮肉も利きつつ鮮やかに切れ味が鋭くてすごかった……。また最終話前に対立勢力が出てきたことによって、ひかりちゃんを含めた炎の転校生勢の絆が一気に深まり、種火学園に謎の愛着を見出した感のある回でもあった…。

単純にそっちを狙った回なのかと思っていたら、実は実写化にかこつけていちいち喧嘩をふっかけに来る武闘派ヲタを皮肉った回だったとは…誰が予想したよ…。

改めてすっっげえドラマだな~~~!!!

あと1話、もうすでにどうにでもなれって気持ちです。

最後の、みんなでスキップしつつ踊りながら種火学園に帰ってくるシーン、なんかすごくいいシーンだったな。

NETFLIXオリジナルドラマ『炎の転校生 REBORN』第6話「禁断のおもてなし!!」感想たれながし

6話また。

6話にして、そろそろ演ずるジャニーズWESTというより作中のキャラクターたちに愛着が沸いてきたな…とオープニング映像を見ながら思うのであった。

この回はフジイ回なのでまじで何でもアリの精神でこちらも臨みたいと思います。

しょっぱなからフジイは男子生徒にのみバラを配る外国人イケメンに釣られて自ら転校していってしまった……。

フジイとカミシゲはマブみたいな感じなのかな?シゲオカは相変わらずカミヤマが好きだな。

ハマダ「…なぜOMOTENASHIがローマ字なんだろう?」コタキ「筆記体か…?気どってやがるな……」ナカマ「いやいや、逆にダサイやろ」の何てない流れにアホみたいにツボってしまった。

いや単純に元ネタ滝川クリステルちゃうん…?とわたしなんかは簡単に思ってしまうのだが、そこにおいての流れ一つで、ここまでキャラを立たせられるのかーという。筆記体を「気どる」と取るヤンキーコタキの中二で止まってる的なセンスと、「逆にダサイ」というこの場においての正解をしっかり提示することのできるツッコミとしてのナカマの安定感と、少しとぼけた着眼点を持つハマダのフリですね。

かみしげがここまでガッツリコンビ扱いされる意図がわたしにはわからなくて、これはもう単なるファンサービスということでいんですかね???

オモテナシ学園、田舎のラブホみたいやな……。

カミシゲとフジイは別にそこまでマブってわけでもないのね。カミヤマの口から「たまたま朝一緒だっただけなのに……」という言葉が出てきたわけですが、その前にカミヤマとシゲオカは二人で登校してきたわけで、つまりこの二人においてはその限りではないし、シゲオカの口から「ひかりちゃんに薄情なやつと思われたくない」という言葉が出てきたわけですが、ここまでそのセリフが上滑りして聞こえる、というか、そんなことを言いながらもヒロイン(女)といるより親友(男)といるほうがずっと俺らしい、と思ってそうな風情でいられる男も珍しいよなーと思う。

というかここのセリフの言い方でもう、なりきり型の神ちゃんと、自分のキャラクターに寄せてく型の重岡の演技の違いが、めちゃくちゃ顕著に出てるんですよね。

正直に言ってしまえば、やっぱりシゲオカというキャラクターの中にはすごく重岡の軸を感じるし、それは神ちゃんとセット扱いされるとなんだか浮き足立って見える、みたいなところだとか、そこにある感情は何なのかわからないんだけどとにかく神ちゃんを特別に想っているんだろう、と感じられるようなところだとか、女といるときの顔より仲間(男)といるときの自分を見てほしい、と思ってるんじゃないかな、というような穿ちを抱かせる青臭い佇まいだとか、まあそういうところなんですけど、重岡のそういうところを汲めた制作陣は、すごいと思うんですよ。

わかりやすくて、みんなが好きなのは、やっぱり淳太が好きな重岡なわけじゃないですか。おそらく重岡も、その重岡は見せてもいいと思ってるはずなんですよ。キャッチーにトムとジェリーしてるのが、一般的なジャニーズWESTの重岡じゃないですか。でも今回、そこはまるで出てこなくて、頑なにかみしげにフォーカスしてる、という意味では、そこは、かなり立ち入ってると思うんですよね。

で、おそらく、重岡はそれがうれしかったんじゃないかな、とわたしは思っている。ドラマ撮影期間中、(らしくなく)やたらと神ちゃんの名前を無思慮にぽんぽん出していたのも、そういうのがうれしかったんじゃないかな、と、思っているんですね。わたしは。

みなさん、これがオタクの深読みというやつですよ。

とっさにカミシゲを庇ったという意味では、フジイはけして悪いやつではないんだよなあ。

オモテナシ学園の制服半ズボンなの笑う…。

外国の寄宿舎をイメージしてるっぽいんだけど、そこにいるエキストラたちはどう見ても成人男性なのでやっぱり笑う…。

流星ほんまようやってるわ……。流星えらいわ。これ、流星がそこに少しでも疑問を抱いたら一気に総崩れな世界観ですからね!?ほんまようやりきってる……。

なんという三文芝居…。

フジイ回でありつつカミシゲ回じみてきたな。

なんかこう、かみしげの関係性の複雑に入り組んだ独特の面映ゆさや歯がゆさのみならず、単純に二人が並んだ絵面に対して感じる極めてシンプルなかわいさやたまらなさみたいな感情にも今回ガッツリ訴えかけてくる感じが、スタッフの中にガチの担おらん……?感に繋がるな。

バロンとシューティングスター、やりとりは非常に耽美なんだけどまったく耽美に見えないところが逆にいいよね。

いま気づいたけど、「ジャニーズWEST」の「藤井」流星が"炎の転校生リボーン"で演じているのは「フジイ」"駆"のはずで、要するにそこには現実世界の『流星』という要素は置き去りにされているわけですが、それをこういう形で翻訳してでも出してくる、というところに、この企画のある種とっかかりになったであろう流星に対してのスペシャル感があるし、そういう愛に今回立派に応えてみせた流星は、きっとひたむきに努力してきたんだろうなあと思うんですよね。

作品をこなしてても、成長できない人はできないわけだから、こなした数だけ見られるようになっている、というのは、やはり、仕事やそのとき置かれた環境と真摯に向き合う能力がある、ってことだと思うんだよなあ。

幽閉された屋根裏部屋の壁紙までかみしげカラーなのかわいい。このメンカラに対する並々ならぬ執着……やはりガチの担がいるのでは……?

「なんで有閑マダムが?」「…行こう!!」で普通に出たwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

普通に出たwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

アカンなんかいちばん普通に笑ってしまった……。

女の高らかな笑い声のみで即座に有閑マダムと判断しているところや、このときの二人の窓を覗いている姿勢が芸術的に素晴らしいのでそれに対するほとばしる感情みたいなものもあるはずなのに、そういうすべてを普通に出たことによって一気に押し流していく感じがwwwwwwwwwwww 普通に出たwwwwwwwwwwww

ひとつ、窓の覗き方に対して言うならば、シゲオカの方が先に動きつつも当然のように自分の腕の下にもうひとりカミヤマが納まるスペースをつくっておいて、そして当然のようにカミヤマがそこに入り込んで、二人して窓を外を覗いていることと、なおかつシゲオカはカミヤマが自分の腕の下から抜けるのをさりげなく待っていて、それから改めて自分の姿勢を解き、カミヤマに対して話を向ける、という一連の流れに、なんだかすごく良いものを見た感じを受けたのよね。

こういうものを意識的につくる、構図や、キャラクターの行動に対してのこだわり、ひいては愛みたいなところが、とても魅力的なドラマだと思います。

ずばりシゲオカがキャラクターとして一貫して抱いているのは、こういう、カミヤマに対する配慮なんですよね。わりと初回からずっとそうで、一つの道があればそこを必ずカミヤマと行こうとするし、カミヤマがすることは自分もしようとして、そこにカミヤマがいればたびたび大丈夫かと心配し、窓を覗こうとする行動一つ取っても、そこにカミヤマがいる、という前提で自分は動いているんですよね。

ヒロインと対面したときは取ってつけたように主人公になるんだけど、それ以外は、だいたいカミヤマの隣にいたい人なんですよ。

わたしこれ、すごく重岡を感じるんだよな。建前のない重岡。

マダムジュンコ、濃いわ~ww

シューティングスター、どう考えても源氏名感あったよねw

カミヤマ熟女がいっぱいて興奮してるwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

あ~面白すぎる……。

このメンカラに対する並々ならぬ執着……かみしげの旨味を隅から隅まで味わい尽そうとするかのような心意気を感じる画づくり……やはり、ガチの担がいると見るより他ないのでは……?

おつまみフランクフルトなの笑っていいの???笑っていいの???笑うで???おつまみフランクフルトwwwwwwwwww

バロンゲスいわ~www だから宮川一郎太だったのかww

フジイ的にこれ以上の愚弄はないよね。自分が愛を向けている美しい男性という存在を、ここでは金儲けに利用する手段としか扱っていないんだから。

神ちゃんというパートナーを隣に置きながらバーテン姿で潜入捜査する重岡、という破壊力の高い概念。

シゲちゃんwwwwwwwwwwwwwwwwwww カミカミwwwwwwwwwwwwwwwwww

自分のためにオモテナシ学園まで来てくれて、みんな待ってるから帰ろう?って言ってくれて、あまつさえこんな危険な場所にまでいるから、この短時間のあいだにフジイの中で二人に対する気持ちが高まったのだろうかwwww

わたしは理解しました。ガチの担がフジイに憑依して今回の話をつくりあげたんです……。フジイのキャラ性をまったく殺さずに、かつカミシゲ回にする方法、そういうとんでもない方法というのが、なんとこの世にはあったんです。気になる方は、NETFLIXというサイトで配信されているドラマ『炎の転校生 REBORN』の第6話「禁断のおもてなし!!」という話を見てください。……きっと意味がまるでわからないと思います。

ラブリーコンビって単純に"かわいい"って意味もあるけどさ~、完全に「Lovely Xmas」にかかってますよね、これ。「Lovely Xmas」ってさ~、重岡や神ちゃん当人の考えてることなんてほんとのところはわたしにもわからないのでここは一かみしげ担として言うしかないのですが、かみしげ担にとってめちゃめちゃ大事な曲だよね。この曲が、かみしげ担にとって特別な曲であることも、流星の名前のこともぜんぶ理解した上で、直接的ではないにしろ、文脈的にはそこに物語上の違う意味を持たせながらも、本来の意味も背景にさりげなく含ませて、ネタにしてくれる度量のある人のホンなんだよね。今回のは。

すごいよね。こんなにファンに対して寄り添ってきてくれるドラマってあるのかな~~~って思う。

ファンって本来、勝手に楽しむものじゃないですか。勝手に深読みして、勝手に感じ取って、勝手に納得して、わたしはそういうのが楽しいってところがすごくあるんですが、しかしコンテンツを追っているとごくたまに、こういう、向こうの方からもコミュニケーションを仕掛けてくるみたいな創作物に出会うことがあって、葉陰精神のオタクは非常に面食らいますが、新しいなあって思います。

一郎太ハマり役だなあwwwwwww

ここでシューティングスターをこういう跳ねのけ方するんだなあ、フジイは。「炎の転校生、フジイ駆だ!!」って、炎の転校生である、ということにこんなに所属意識を剥き出しにしたキャラは初めてだし、これはある意味、このドラマにおける流星の立ち方にもかかっているような気がするなあ。

おそらくこんなにキャラの濃い、ある意味では美味しいけれども同時に力量のいる役をやるのは初めてじゃないですか。ちょっとでも素に戻ったら終わり、みたいなキャラクターで、そこを張るのは、とても大変だと思うんですよ。実際のところ。ほんとに大変だと思うんだけど、でも実に良くやっている。そういう、このドラマにおける流星の姿勢みたいなものにも、重なったセリフのように感じられたなあ。

自分の哲学に沿った学校だと感じたから勝手に転校してきて、実態はそうではなかったわけだけども、危険な思いをしながらもそこまで追いかけてきてくれた友人二人にちゃんと情を見出して、それこそが自分の大切にするべきものだと判断し(独特のワードセンスではありますが)それを表に表出することのできるフジイは、まっとうな判断能力や感性をもつ、"自分"という筋は通すやつなんだよなあ。

決闘を申し込むところなんかもそうだけど、どこまでも自分のやり方を貫こうとしてるだけなんですよね。

ノープランなんだけど。

わりとすぐ自分に酔っちゃって、考えなしのところはあるかな。元を辿ればオモテナシに来たのもそうだし。

ジュンコ出てきたwwww

美しさと愛、どんなに陳腐にもなればどんなに崇高にもなる概念だ。

わかりやすく何か落ちた。

また自ら屋根裏戻るんかいwwwwwwwwwwww

さっきからカミシゲのコンビネーションがめちゃめちゃいいんだよなあ。どちらかが立てばどちらかが屈み、どちらかが強く出ればどちらかがフォローにまわって。と、そういう描き方をされてるところにグッときますよね。

フジイの過去……。

フジイはオモテナシまで来てくれたラブリーコンビに段階的に友情を抱き出したわけだけど、カミシゲはこの写真を通して勝手にフジイに情を募らせるという展開なんだな。

夜のオモテナシ学園、まじで完全にラブホやんけwwwwwwwwwwwwww 実態はホスト育成学園やし、狙とるなwwwwwwwww

カミシゲかわいいナリしてやることえげつなwwwwwww

あ~~~~~~~!!!(神ちゃんいいケツ……)

バロンのギャップ戦法wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww すげえwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

伊達に金儲けの鬼じゃねえwwwwwwwwwwwwwwwwwww すげえwwwwwwwwwwwwwwwwwww

生きてきた年輪を感じさせるwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

ガテンになっても肩に鳥乗ってるのおもろすぎるwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

一郎太おもろいwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

バロン、まさにゲスの極み。ここで手を引かないところが、勝負に対する長年の嗅覚を感じさせます。

カミヤマの「ボク写真落としちゃった……」に対する、責めるでも嘆くでもないシゲオカの「まじで……?」のトーンがやわらかすぎるんだよなあ~。これ、何よりもカミヤマのことを第一に考えている人が放つ言葉でありトーンなんですよね。そもそもフジイに勝たせてやりたいって言い出したのだって、カミヤマだからなあ。

バロンも俗っぽくてわたしは好きだけどな……だってあんなに俗っぽく人間の欲に対する鋭い嗅覚を持っていないと、ああいう見果ての無い金儲けはできないと思うし。ゲスだけど人は騙してないもの。

ただフジイの超然的な佇まいも魅力的なのであって、この世にはいろんな価値観が存在する、って話なのではないかなあ。

でも今回はフジイが上手いこと持って行ったよね。だって大元であるマダムたちを気持ちよくさせられなきゃ終わりだもんな。OMOTENASHIとしては。

バロンこっちのが似合うよww また一から頑張ろww(誰やねん)

フジイは最初から最後まで一貫してただ自分であっただけで、朝一緒になったことでそこに派遣されたカミヤマは勝手に事情を慮って勝手に思いやりを向け勝手に暴走してなんか勝手に事態をこんがらがらせるし(まさに3話のように)、シゲオカは最初から最後まで一貫してただカミヤマと共にいようとしていただけで、それぞれがそれぞれでありつつ、ただそこに少しの情を介入させながらも、それぞれがやはりそれぞれでしかなかった、という展開は、とても好きなものでした。

この中で、フジイとカミヤマとシゲオカ、それぞれのキャラクターをここまで描き切れたのは、そうとうアッパレなことだと思う。

だけど、フジイが「わたくしは炎の転校生、フジイ駆だ!!」と言えたことは、物語としても彼の話としても、大きな前進なのだと思うし、彼にそれを言わせたのが追加派遣された炎の転校生である(フジイ曰く)ラブリーコンビの二人で、行き違いがありながらも、結果的には三人の働きによりミッションが完遂された、という意味では、またこれまで通りの形に戻った感がありますな。

ただ、回やミッションを重ねるごとに、確実にそのぶんだけ転校生間に絆や情めいたものは生まれているんですよね。あくまで"それなり"になんだけど。その按配がまた面白いなと。

あと2話。どうなるか。楽しみです。

NETFLIXオリジナルドラマ『炎の転校生 REBORN』第5話「炎のタイムスリップ!!」感想たれながし

5話また。

キリヤマの中尾巻き、地味にずっと気になってたからな……。

寸劇おもろいwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

こういう無茶なシーンを突然振られて(意図のままに)しっかり成立させられる、という意味では、照史ってやっぱりめちゃくちゃ達者なんだよなあ。おそらくWESTの中で、もっとも「その場を形にする」という能力に長けたメンバーなんではないかなあ。

演技力というのは単にその一部であって、とにかく芸能センスがあるし、それで生きていきたい人なのだろうなあと。

みんなキラリと光るものがありながらも、突出しすぎていたり本格的すぎるという意味で、バランスが取れずにデコボコしたメンバーが多い中、そういうものを整えて外部に差し出すという働きの出来るメンバーがいることは、心強いですよね。

キリヤマが落とし穴からスタンッ…と着地したシーンを見て、いや物理的に無理やけどこれほぼマンガやしな……そういうドラマと飲み込むしかないよな……などと考えていたら、そのあとすぐシゲオカに「いちいち深く考えてもムダやから」と言わせる脚本な。

「なんっだこの学校……」コタキグラビア学園にめちゃめちゃショック受けてるwwwwwww 純情ヤンキー愛おしいwww

あまりのことのショックを受けるコタキと「いかがわしい……」という反応のできるフジイが特殊なだけで、他のメンバーは名残惜しそうにグラビア学園の映像を見てたのなwww カミヤマのリアクションwwwww

そんなことを考えていたら、ドラマ側から直々に各転校生にキャッチコピーまで付けて、校内に突然あらわれた水着ギャルを見ていた時間という名目で個々のエロ度を(ベストテン形式で)ランキングした発表があり、この展開が面白すぎるので勝手に書き出しておきます。

7位 筋肉が大好物 フジイ駆 0.00秒
6位 意外とピュア コタキ駆 0.16秒
5位 エロ知能犯 ナカマ駆 2.43秒
4位 下心は表心 シゲオカ駆 3.22秒
3位 熟女好きエロ泣き虫 カミヤマ駆 3.25秒

カミヤマが熟女好きでありながら廊下の水着ギャルをわりとガッツリ見てたのまじで節操がなさすぎて最高wwwwwwwwwwwwwww

2位 堅物ムッツリスケベ ハマダ駆 3.33秒

ハマダもうこれ完全にギャップキャラにされてるなwwww 好感度ガンガン上げてくコタキとは反対方向のギャップキャラww

1位 おっぱいに目がない キリヤマ駆 14.32秒

だから今回のヒロイン筧美和子なのかよwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

今回のスケベ人選最高だな…。

カミヤマとキリヤマとハマダが己のスケベ心を通してちょっと距離を縮めている様子おもろwwwwww アホかわいいwww

お江戸をおエロと読み違えて走り出すwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww スケベとアホのWパンチにしかできない展開wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

カミヤマは覚醒したらやばいけど通常時は気弱な泣き虫なので、この三人でいると心配しながら付いていくキャラになるのかー。

あーまじでおもろい……。個人的に3話と5話が楽しみだったんですけど、どちらも予想よりずっと好きな感じでうれしい。

このタイムスリップして落ちた先での個々の寝転がり方からして、もうマンガ的な構図の美しさが感じられるんだよなあ。細部まで愛のこもった良いドラマです。

さっそく筧美和子出てきたぞーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!うぉ~~~~!!!!!!!!!!!!!!!

ハマダの「時代劇みたい」って言葉でスイッチが入るキリヤマwww

あーもうキリヤマと美和子がヒーローとヒロインしてるの良い~。美和子にはキリヤマのヒロインとしての符号がすでにガッツリ貼ってあるわけだけど、それをちゃんと展開で見せてくれるっていうのが、お約束といえど気持ちいいなあ。

ハマダとカミヤマもキャラの強弱からして、いいパートナーだなあと思う。

いま気づいたけど、この三人って身体能力的な部分も見込んで組まれた人選なんですかね。時代劇だと自ずと立ち回りが増えるから。

照史やっぱり動けるなあ。

カミヤマとハマダ囚われたwwwwwwwwwwwwwwwwww

ここでヒロインと二人きりになる展開、お約束だけどいいわあ~。

美和子の名前はお雪ね。

照史うめー。美和子がもともと演技をするジャンルのタレントじゃないからこそ、相手を受け止めてカバーして包み込むような照史のキャラクターと演技のうまさが尚更際立つなあ。この二人はたぶんそれでいいんだと思うんですけど。

3話で宝塚と本業の子役と三すくみがっぷり四つでガチ勝負してた神ちゃんと違いすぎて面白い。

ナウシカ的な、もののけ姫的な予言の書wwwww

これやっぱり劇場版だよねえ……。長編アニメ作品の、グッと世界観が変わる劇場版的な空気をずっと感じてるんだよなあ。

そういうの好きだからうれしいです。

はまちゃん神ちゃん悪代官のところに連れて行かれたのー!?

キリヤマがさくっとお雪"ちゃん"と呼び出しているところに、キリヤマのキャラがよく出てるんだけど、それがこう人間的な味でカバーされてしまっているのがキリヤマのキリヤマたる所以だし、共演した女優さんを軽やかに下の名前で呼び捨てにしたり、神ちゃんがカンパニーに早く馴染めるように特別なあだ名で呼び出した照史の照史っぽさにも通じて、よくわかってるなあという感じがする。

タイムスリップモノのお約束wwwwwww

限られた時間の中でまず最初に立ち回りをやっちゃうところに、今回は時代劇で行きますんでよろしくーって志が透けてるようで、いいなあと思う。

こわがりでウルセーカミヤマと堅物寡黙なんだけどアホなハマダ、いい組み合わせだ。

六平さんwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

めっちゃ悪代官だなwww

御触書の画のタッチが丸尾末広ちっくなの地味に笑うw

エクスカリバー??勇者とか、時代劇に和洋折衷してくるのね。

お雪"どの"になったww 時代劇モードになるとキリッとなるのかww

今回、端役でも立ち回りのできる役者さんを連れてきてるから、全体的に芝居が仰々しいのが良いなw 六平さんといいww

過去回想はじまた。

コタキのときのいい、幼少期も本人がやってるの流石に反則やろwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww 大五郎カットwwwwwwwwwwwwwww

爺ちゃんに時代劇要素を詰め込みに詰め込まれた幼少期だったのね。

現代では時代錯誤とされる男が、タイムスリップした先で水を得た魚のように自らの時代劇魂を解放してそのように振る舞っていたら、自ずとそこの時代の女の子から惚れられるって、いいなあ。夢があるなあ。

ラブラブモードに浸っていると、頃合いを見て「そろそろ行くぞ」と言ってくれる悪役wwwwwwwwwwwwwwwww 優しいwwwwwwwwwww

スマホ出してきて普通に繋がるしやはり察しの良すぎるナカマwwwwwwwwwwwwwwwwwww ばど要素抜かりねえーwww

悪代官に拘束されてるカミヤマハマダ、さっきから癖に来るんですけど~!!

ハマダは負けず嫌いかつ安定のアホでカミヤマは過剰反応しつつウルセーだけwww 役立たず二人かわいいwwww

ここに来て爺ちゃんの時代劇ミックス癖がギャグになるww

勇者の剣すげえ。

若本のメタい解説ww

お雪ちゃん怪しいよね。やけに準備がいいし、悪代官とグルなんだろうな感はずっとしてるんだよな。

そういう意味ではここの「お雪ちゃんはアチキが守ったる!~」ってセリフを受けたときの美和子の顔、すごくいい演技をしてるんだよね。

若本のメタい解説www

ういろうwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww ここに来て名古屋wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

時代劇なので時代劇のお約束でピンチを乗り切ったwww 上手いwww

これはやっぱりタイムスリップ先の時代劇がしっかり時代劇をしていないと意味がないので、それを支える六平さんの演技や斬られ役の役者さんたちの本格的な佇まいっていうのは、基本として押さえておかなきゃいけないところだったんだろうなあ。

そういう展開wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

うわーめっちゃメタだわー!!!そもそも時代劇のパロディがあり、その上にタイムスリップモノのパロディが乗っかって、そこに自らの生い立ちから合致してしまったキリヤマの時代劇的な演技があったんだなあ。

そもそもタイムスリップ的な決定打は初めからひとつもなかったんですよね。そういえば。わたしは単純にタイトルにミスリードされたのと、8話にひとつはタイムスリップしちゃう話があってもいいだろ~~とか単純に考えてただけで。

キリヤマせつねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーな!!!!!!!!!!!!!!!!!

勇者とか充電式の剣とか現代人にもわかるようなおおざっぱなネタを入れ込んでたのも、悪代官や団子兄弟のやけに悪役だとわかりやすいイベント的な派手な衣装も、悪役がラブラブタイムを待ってくれてたのも、スマホが繋がるのも、所々にあった謎解き要素も、お雪ちゃんがキリヤマに惚れたのも、ぜんぶぜんぶそういうことなのかよーーーー!!!!!!!!!!!!!

お雪ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!

美和子……これ美和子のタレント性がめちゃめちゃ活かされた役じゃないですか?まずおっぱい要素があり、拙い時代劇の劇中の演技も現代人のねーちゃんが仕事で仕方なくやってることだと思えば納得できるし、「このねーちゃん、イケるんじゃないか……」と思わせておいて現代に戻ったときの変わり身の速さとか、無慈悲な感じがめっちゃ美和子……グラビアというものを商売としてやっている美和子のタレント性にとても合っている。

でも「アチキは、真の男になったるがや!!」ってキリヤマが言ったときの美和子の揺らぎの演技、あれだけは信じたい……信じたいんや……。

いま自分の感想を読み返してみたら、やたらと「お約束」とか「夢がある」とか言ってるんですよね。そりゃそうや。それがあの人たちの商売なんだから、というのもあるし、それは巡り巡って、ジャニーズWESTや制作スタッフが従事している、エンタメ業界そのものに対しても言えることなんだよなあ。

そこまでメタ構造になってるところがまた、たまらないというか。

つまり、「夢を売る」のがアミューズメントでありエンターテイメント。お後がよろしいようで。

気を取り直してスケベ三人衆が改めてグラビア学園に行こうとしたところ、ツインの二人がすでに美味しいところをかっさらいスピード解決していたってオチも、ジャニーズWESTのパロディっぽくて非常に楽しい流れなのでした。

NETFLIXオリジナルドラマ『炎の転校生 REBORN』第4話「乙女な転校生!!」感想たれながし

4話また。

どっかで劇中コスプレのまま、全員完全になりきって主題歌のパフォーマンスしてくれないかなあ~。

しょっぱなから女装してるししかも第一声神ちゃんなのかよwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww 智子wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

会いたかったぞ智子…。

テーブルで暗がりになってるツインの脚が黒タイツを履いてるように見えて、フェチいwwwwデティール凝りすぎwwwwって一瞬思った。

もうだめみんなの女装演技が楽しすぎる……。

何の説明もなしにいきなり女装とか……いきなりステーキに次ぐヒットの予感だろ……。

意外とシゲオカがちゃんとやってんのおもろすぎる。

キリヤマ子やっぱり優しい…シゲオカ子はやんちゃ娘って感じなのかな。ちょっとボロの出てきてる二人。

りゅかみ子、マリア様がみてるの世界wwwwwwwwwwwww カミヤマ子サーティーワン食べてるwwwwwwwwwwwwwww

キャラによってスイーツの種類を変えてあるのか。シゲオカ子は普通なのでパンケーキ、キリヤマ子は名古屋なので小倉トースト、カミヤマ子は幼い感じのイメージや甘いもの好きなのでサーティーワン?フジイ子は高貴なイメージからお紅茶?

フジイ子普通に美人すぎるんだけど演技がクドイwwwwwwwww 女装してもこんなキャラなのかww

宝塚の男役(女性の男装)を意識した大仰な男の演技にさらに女装という要素が乗っかってすでにもう訳わかんないんだけどとにかく美人wwwwww

フジイ子乃木坂にいそうだな~。

ナカマ子とコタキ子はフルーツティー?ここはヤンキーのコタキだけが女装に反発してるってシーンなのか。

マリアージュww 制作スタッフや脚本さん、おそらくエージェントWESTかなり見込んだんだろうな~って感じがする。

ハマダ子(ハマダ)子供舌かつ猫舌なのwwww 生きづらwwwww

「ブスね~~~」wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

強いて選ばれた3人、ナカマ子以外かなり問題ありそうなんだけどwwwww

ぜったいキリヤマ子カミヤマ子ナカマ子辺りが無難やったやろ!!ミッションをやり遂げてくれそうって意味では!!

さっきから流星美人やな~としか思えん……。

男性の顔の造形って、女装したときに改めてつくりの良さがわかるな~と思う。

ナカマ子の女装が、ひとりだけ完全にクラス委員長やってそうな折り目正しい佇まいになってるのほんと見事だなー。光浦さん的な。生真面目さが透けてるわあ。

あーーーーフジイが面白すぎる。クソ美人なのにイケメン好きでトンチキキャラ。

ごくせんクローズ的なスケバン女子高なのね。純潔女学院。

フジイは基本的に女子に興味がないので、これをそのまま一般的な女子高の実態だと思ってしまうのか。

あーそうか。同じヤンキーだからコタキがいると何かと通訳的になる、みたいなところもあるのか。今回の話。言葉のみに関わらず、ヤンキーのメンタリティってかなり独特だもんね。

「ある意味深いな」と返すどこまでもインテリなナカマに、「男だってバレたら生き恥どころじゃすまない」と返すコタキは、やっぱりメンツが第一のヤンキーなんだなあ。交わらない。

まあとにかくここは「陀異守鬼♥」を"ダイスキ"と読めないとバカ扱いされる世界なんですね。

のんちゃん、やっぱり間を読むのが上手いなあ~。演技というよりもまずそこのセンスがすごいよね。

フジイが言ってることはわりと間違ってないと思う。

こんな無法地帯っぽい女子高にも襲いにくる不良どもはいるのか。

頭みたいなスケバンが出てきた。サラシ巻いてるのがまたロマンだなあ。

猪鹿蝶、三人のシルエットがもうマンガだよね。埼玉紅さそり隊みたいな。

出た鉄板の入った学生カバンwwwwwwwwwww 不良の七つ道具wwwwwwwwwww

ナカマの、自らが女子に対して強く幻想を抱いているがゆえにしきりに胸の位置の直してお上品に走ろうとするところに、ナカマのナカマらしさが出てるし、言うなればもうほぼ淳太やん!!!!!!

ここで、男に対して逃げるなってヤンキーの美学的な怒りを見せたコタキ子の行動に、このスケバン校を取りまとめている頭であるところのアスカのヤンキー魂が共鳴して、見所があるなって見込まれてしまうんですね。非常に筋の通った美しい流れです。ヤンキー回だけに。

コタキが覗き込んでくるアスカの顔をすでにちゃんと見られていないところに、いろいろ含みがあっていいシーンだなあ。

「嘘をつきはじめてしまった」というのもあるし、そんなアスカに異性として魅力を感じ出してしまっているような気配もあるし。

世のイケメン商売のパロディをその本家本元のようなジャニーズアイドルが主演のドラマでやってみせ、しかもそのジャニーズアイドルがイケメンを提供するイケメン側の役なのではなく、イケメン商売を施すために囚われたイケメンを救出したり、あまつさえそのイケメンにときめいたりしている側だというのが、もう意味がよくわからなくてものすごくこのドラマっぽい。

屋上を根城にしてる!!!!!!!!!!クローズだ!!!!!!!!!

筋金入りの不良は意外と異性慣れしてないっていうの、ここではコタキにもかかってるのかな。

トレーニングすればいいって話でもないけどなwwww

この、一人の男を偶像として崇めて抜け駆けしないようにシステムを組みつつみんなで共有するってノリがとても女子のメンタルで、まさにアイドル文化だよねえ~~~って感じだし(しかも崇められるイケメンの名前は王子くん)(王子って孤独よね)、そんな協定はさっさとぶち破ってしまい、欲しいものは自分で奪う、独占する、っていう自分本位な行動に出るフジイは、どんなに美しいものが好きでも、やっぱり男なんだよなあ~。

フジイは男として、美しい男を愛しめでているのだなあ。

「山賊かっ!!」いいツッコミ。

「彼女持ちなら仕方ない」これがアスカの仁義なのね。

王子くんほっとしてる~!!それなりにイケメン商売しながらも、内心やっぱりしんどかってんな。

こういうバレ方かよ!!!!!!!!!!!!!!フジイてめーコノヤロー!!!!!!!!!!!(ヤンキーが伝染してきた)

男ってバレた次の瞬間にはイケメンだから沸かれるってwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww みんなアホwwwwwwwwwwwwwwwwww アホしかおらんwwwwwwwwwwwwww

女なんてゴリラだと思ってるのに黄色い声援を向けられたら思わず気持ちよくなっちゃって次々とその歓声に応えポージングしてしまうフジイ、キャラが突き抜けすぎてて気持ちいいな。

ナカマほんまもう淳太すぎるしもはやナカマの高性能メガネも淳太すぎるわwwwwwwwww AIが淳太wwwwwwwwwwwwwww

王子くん、山賊にいいように利用されてたのわかるわ…いかにも人が良さそうな…。

アスカ直々にウィッグひっぺり剥がされるのつれーーー……って思ってたら、コタキにはそれより先に気にしなきゃいけないことがあったんだな。まあこの、すべては形からっていうのも、コタキなりのヤンキーの美学の一つなんだろうなあ。

なんかスケバンたちの好みが二次元好きのオタク寄りなの、いかにも男慣れしてない女の趣味って感じで身につまされるんですけどー!!

「いい声で鳴かしてやりな!!」アスカさんたまらんー。

こちょこちょされてるナカマの反応かわいいwww

コタキがあらわれたときのナカマとフジイの顔かわええwwwwwwwwwwwwwwwwww

屋上で自主トレしてた花札攻撃に、トサカ頭が役に立ってるwwwwwww

皮肉なんだけど、でもそういうもんなんだよなあ、みたいなところもある。人と人との出会いなんて。

あ~~~。

ここってたぶん、"コタキが女に手を出さないヤンキーとしての美学を貫いている"というのにクローズアップしたいシーンでもあると思うんだけど、一方で、"女がどんなに鍛えたところで男の本気の筋力や腕力にはとうてい敵わない"っていう、どうしようもない現実を映し出しているシーンでもあるんじゃないかなあ。

どうやったって身体的には同じリングに立てない、という時点で、アスカにとっちゃ男なんてみな下衆野郎なんじゃないか。

シャイニングウインクつえーーーーーーーーーーーーーwwwwwwwwwwww

急に低予算の過去回想がはじまった。

あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー須藤女だったのかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの展開はつらい……。

この回、ネタにかこつけて、わりとジェンダー意識を揺さぶってくるところがあるなあ。

女をオンナ扱いしなかったコタキに須藤は惚れたのに、そのコタキがその経験を踏まえて女をオンナ扱いするようになって、だから泣かせねえ手は出さねえ、なんて、アスカが「最低の男だな!!」ってキレるのも当然のことのような気もする。

コタキは異性慣れしていない以前の問題だったし、アスカはそんな男に心を揺すぶられている現状がさぞ悔しいのだろう。

でもここで、コタキはオンナをこういう守り方しちゃうんですよね。「自分が負ける」という形をとって。不良にとっちゃ何よりも大事なはずのメンツを自ら下げてでも、アスカやこの純女の生徒を、下衆野郎の理不尽な暴力から守ろうとしちゃうんですよね。

それがコタキの、ヤンキーとしての美学なんだよなー。「オンナは泣かせない」というのが。

役になりきらなきゃいけないのに本気でキスは迫れないツインの距離感~!!

たぶんアスカの中にはじめて”トサカ頭のリーゼント野郎”に対しての種類分けができたんだよなあ。「下衆」と「そうじゃない男」。

王子は孤独だよね、王子くん。

カミヤマ出てきた!!!!!!!!

コタキに追い縋ったときといい、ぎこちなく喧嘩を売るようにしかまだアプローチできないアスカが愛しいなあ。

ここでシゲオカがプライベートでハマっているというボクシングの構えをハマダと共にやっているところが、ジャニーズWESTのアイドルドラマ。

形だけは甘々になれない、やはりメンツにとらわれたヤンキー同士の恋なのであった……。

ここでこういう形で「陀異守鬼」が出てくるのかよ!!!!!!!!!!!!!!!!ものすごくきれい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!ものすごくきれいなフリとオチだった今回!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

ここで少しこのドラマについて語るなら、基本的に初回のフォーマットからして、シゲオカという転校生が「種火学園」という異世界に迷い込んでくる体を取っているわけですが、その形で毎回、担当の転校生が"問題のある学校"という、その者にとっての「異世界」を訪れつつ、一応の役割を果たして帰ってくる、という展開になっており、その学校には毎回、その学校なりのいきさつや事情があって、転校生はその世界の均衡を脅かす「異端者」として描かれています。(その世界の歪んだ均衡を崩すために派遣されているのだから、当たり前なんですが)

その"問題のある学校"というのは、外から見るぶんにはまるでハチャメチャで何でもアリの、頭のおかしく狂った場所に見えるのですが、内の事情をよくよく紐解いてみれば、わりに筋の通った、その学校なりの成り立ちや事情があるのが見えてきたりもします。「異端者」たる炎の転校生は、「自分が自分でいることを貫く」という姿勢で、そこにしばし干渉して、影響を与え、少し世界をつくり変えて帰ってくるのですね。

そういう意味で、これはものすごくしっかりとつくられた質の良い物語だなあ、ということを毎回感じます。単に好き勝手に、ハチャメチャにやっているわけではなく、むしろその逆で、どこまでも正気なんですね。どこまでも正気に、真面目に、真剣に、全力でアホをやっている。

なんだか、質の良いアニメ作品を見ている気分になります。とても好きなテイストの脚本であり、演出であり作品で、こういうものに推しているグループが主演として関わっていることを、オタクとして幸福に感じている真っただ中であります。